國體護持總論
トップページ > 著書紹介 > 國體護持總論 目次 > 【第一巻】第一章 國體論と主權論 > 第三節:基本概念

著書紹介

前頁へ

成立要件と效力要件

カール・レーウェンシュタインは、『現代國家の君主制』の中で、君主制の基礎は、これを支へる感情的要素と合理的要素とがあるとする。およそ、人の精神作用を「知」、「情」、「意」の三つに分けたとき、感情とは情的過程全般を指すものであるから、知と意の範疇にある合理とは、必ずしも感情と同一の方向を向いてゐるとは限らない。また、意についても合理性があるものとも限らない。合理的には肯定できても感情的には否定することがあるし、その逆もあるからである。また、確かに、君主制の基礎、とりわけ我が國の皇統を中核とした文化總體としての國體については、これを支持する臣民の感情的要素があることは否めないが、これは究極のところ理屈の世界の住人ではなく、いはば「好きか嫌いか」、「支持するかしないか」といふ問題なのである。そして、「愛情は理論よりも強力であり、永續的である。」と言つてしまへば、それだけで議論は終はつてしまふ。この感情的要素については、往々にして本能的要素の探求と理解が缺け、無知や誤解と先入觀からくる反發と盲信で語られることが多い。そこで、このことについては、ここの單元では省略し、まづは合理的要素といふ土俵に上がつて考察することにするが、感情的要素の概念自體が比較的明確であることと比較すれば、そもそもこの合理的要素といふ概念は必ずしも明確ではない。それゆゑ、このレーウェンシュタインの分類が適切かは疑問もあるが、ここでは一應この分類に從ふとして、この合理的要素の内容については、さらに具體的に詳細な構成要素に分解してみる必要がある。

一般に、合理性を考へる場合、政治的なもの、法律的なもの、道義的なもの、歴史的なもの、文化的なもの、經濟的なもの、社會的なものなどの觀點に分類できるが、このうち、法律的な觀點については、極めて論理的な思考に適し、他の觀點と比較して特に重要であり、それ以外の觀點については、相互に關連し合つてゐることから、ここでは、法の「成立要件」について、カール・シュミットのいふ「合法性」と「正統性」の二つの觀點に分解して考察する方法を用ゐることとする。なぜこの分類を用ゐるかと言へば、國體や憲法などの領域においては、およそ法律的側面の科學的考察は不可缺であり、その意味で「合法性」の探求は必要であつて、それ以外の側面については、法律的側面以外の歴史や文化、傳統など廣く社會科學的側面を總體としての「正統性」に收斂して考察することが重要だからである。これは、合法性が統治大權に由來し、この統治の正統性が祭祀大權に由來するものであることが前提となつてゐるからである。

他方、こんな分類もある。亡尾高朝雄博士は云ふ。「法の妥當的な規範意識内容が、事實の上に實效的に適用されうるといふ『可能性』chanceこそ、法の效力と名づけられるべきものの本質である。」と。つまり、一般に「效力」といふものには二つの要素があり、一つは法の「妥當性」、もう一つは「實效性」であり、この雙方を滿たすのが「有效」、そして、そのいづれかを滿たさず又はいづれも滿たさないものを「無效」と定義するのである。

このやうな概念の定義は、法學用語として定着してゐる。つまり、「法の效力」とは、「広義においては実効性を含めた概念として用いられるが、狭義においては法の規範としての拘束力を意味する。」「個々の法規の効力根拠はそれに効力を賦与する上位規範であるが、法秩序全体の効力根拠については神意説・自然法説・実力説・社会契約説・承認説などの見解が分かれる。法秩序の効力と実効性の関係についても見解が分かれ、効力は実効性そのものとする説、後者は前者の必要条件にすぎないとする説、両者は本来無関係であり、不正な秩序は実効性をもっても無効であるとする説などが対立する。」と説明されてゐる(文獻62)。また、「(法の效力とは)広義には、法が法としての妥当性を備え、かつ、それを実現し得る実効性を備えていることの意味に用いられることもあるが、通常は、法の実効性すなわち法がその効力を及ぼし得る範囲を意味することが多い。①時に関する効力(いわゆる施行期間)、②人に関する効力(属人主義か属地主義か)及び③場所に関する効力(公海上の船舶の取扱いなど)の三要素に分けて説明される。」とも解説される(文獻162)。

そして、「法の妥當性」については、「法とは社会生活を規律する準則としての社会規範の一種であるが、法が現実に法として機能しうるためには、法に定める内容が社会規範として遵守するに値する規範性を有することが必要である。これを法の妥当性という。なお、法は、法としての妥当性に加え、その実効性を備えることによって初めて現実に法たり得る。」(文獻162)と定義され、さらに、「法の実效性」については、「法が実現されるかどうかの確実性の度合すなわち蓋然性。法が遵守される蓋然性と違法行為に対し制裁が実現される蓋然性が区別される。個々の法規は、実効性を失うことが直ちに効力を失うことを意味しないが、このような状態が継続すると効力を失う。」(文獻62)とされ、あるいは、「(法の実效性とは)法が実現されるかどうかの確実性の度合いすなわち蓋然性のこと。法が守られる蓋然性と、法に違反した行為に対し制裁が実現される蓋然性とに区別される。一般国際法によれば、国家は、一定の地域、人民に実効的な支配を確立し、国際法を遵守する意思と能力をもつようになるとき成立し、実効的支配を失うときに消滅する。」(文獻162)と定義されてゐることから、本稿における概念の定義も、このやうな用語例と定義に從ふものである。

ところで、これらの一般的な概念の定義に從ふとしても、法の效力を一義的に決定することはできないのであるが、それでも「妥當性」と「實效性」が法の效力を決定する要因であることに異論はなからう。

私見によれば、法の目的は正義の實現であることを重視するものであつて、不正な秩序は実效性を持つても無效であるとする見解に立つものである。その上で、「合法性」と「正統性」とは、法の「成立要件」の要素であり、「妥當性」と「實效性」とは、法の「效力要件」の要素であると解して、それぞれの要素の概念を説明してみたい。

まづ、成立要件要素である「合法性」とは、およそ法の一般において、それが制定され存在することの規範的根據を有することを云ふ。規範(法)の理念、内容、手續の全ての事象において、適法な根據を有するか否かといふことである。それは、定立された法が他の法によつて授權されて成立したか否かといふことになる。たとへば、實定法秩序において、その最も上位に位置する規範(最高規範、根本規範)が存在する場合、その最高規範がそれ以外の規範の制定を根據付けるためには、最高規範からの授權がなければ「合法性」を滿たさないのである。

次に、もう一つの成立要件要素である「正統性」について考へる。これは規範定立の權力作用に歴史的かつ倫理的な正當性があるかといふことである。しかし、私見によれば、規範國體が最高規範であることからして、これに違反することは本能適合性を缺き倫理性を滿たさないのは當然であり、しかも合法性を滿たさないことになるので、この正統性の要素は取り立てて詳細に檢討する必要はない。つまり、合法性の要素の中に、歴史的概念に依據した規範國體、そしてその源泉となる文化國體を含んでゐるからである。それゆゑ、これはマックス・ウェーバーのいふ政治的概念としての正統性に近いものとして、合法性の實質的判斷を補強する要素として認識できる。

さらに、效力要件要素である「妥當性」についてであるが、これは、規範定立における「手續」と「内容」の雙方が妥當なものとして適正に形成された規範意識に支へられてゐるか否かといふことである。

そして、最後に、もう一つの效力要件要素である「實效性」といふのは、その規範が實際に公然と通用し、その規範に違反した行爲や状態の繼續に對して制裁(sanction)が働くか否かといふことである。

続きを読む