國體護持總論
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著書紹介

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昭和二十二年九月

一日、GHQの指令で「ラジオ體操」が中止される。

 十六日、マッカーサーが、片山哲首相に、警察組織の徹底した地方分權化を命ずる書簡を発する。

 十八日、GHQは、給食用粉ミルク四百七十四トンを放出。

 二十四日、GHQは、小型鐵鋼輸送船十五隻の建造を許可。

 二十五日、公職追放された清水澄元樞密院議長が熱海の錦ヶ浦で投身自決される。美濃部達吉や宮澤俊義など變節學者が殆どであつた憲法學者の中にあつて、國體護持のため祖國再興の人柱となられた唯一の人士であつた。その遺書は次のとほりである。

 「自決ノ辭

 新日本憲法ノ發布ニ先ダチ私擬憲法案ヲ公表シタル團體及個人アリタリ其中ニハ共和制ヲ採用スルコトヲ希望スルモノアリ或ハ戰爭責任者トシテ今上陛下ノ退位ヲ主唱スル人アリ我國ノ將來ヲ考ヘ憂慮ノ至リニ堪ヘズ併シ小生微力ニシテ之ガ對策ナシ依テ自決シ幽界ヨリ我國體ヲ護持シ今上陛下ノ御在位ヲ祈願セント欲ス之小生ノ自決スル所以ナリ而シテ自決ノ方法トシテ水死ヲ擇ビタルハ楚ノ名臣屈原ニ倣ヒタルナリ

元樞密院議長  八十翁 清 水  澄  法學博士

昭和二十二年五月 新憲法實施ノ日認ム

追言 小生昭和九年以後進講(宮内省御用係トシテ十數年一週ニ二回又ハ一回)シタルコト從テ龍顏ヲ拜シタルコト夥敷ヲ以テ陛下ノ平和愛好ノ御性質ヲ熟知セリ從テ戰爭ヲ御贊成ナカリシコト明ナリ」

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