國體護持總論
トップページ > 著書紹介 > 國體護持總論 目次 > 【第三巻】第三章 皇室典範と憲法 > 第二節:基本概念

著書紹介

前頁へ

不成立、無效、取消

「無效」とは、一旦は外形的(外觀的)に認識し得た立法行爲が、その成立要件ないし效力要件(有效要件)を缺くために、當初に意圖された法的效果が發生しないことに確定することを言ふ。換言すれば、外形的にはその立法行爲(占領憲法)は存在するが、それが所與の内容と異なり、または所定の方式や制限に反し、あるいは内容において保護に値しないものであるが故に、初めからその效力が認められないことである。外形が整へば「存在」するが、その效力が認められないことから、外形すら整つてゐない「不存在」とは異なることは前に述べたとほりである。占領憲法が無效であるといふ意味は、帝國憲法第七十三條に定める形式的手續の「外觀」を整へて(裝つて)周知され認識できたとされてゐるものの、それが「無效」であるとするのであつて、決して「不存在」といふ意味で主張してゐるのではない。さらに、附言すると、成立要件を滿たさない意味での「無效」の場合と、效力要件を滿たさない意味での「無效」の場合の雙方があることも前述したとほりである。

ただし、嚴密には、成立してはゐるが、未だに效力を有しない状態(未發效状態)といふものがある。たとへば、法律として公布されたが、その施行前の状態の場合である。これは、状態的には、「成立有效」(成立し、かつ有效である)ではなく、「成立無效」(成立はしたが無效である)に屬するが、將來に有效化しうる可能性のある「不確定的無效」であり、中間形態としての「成立未發效」(成立はしたが未だ發效してゐない)といふものである。

また、無效といふのは、行爲の時から效力を有しないことであり、事後に無效であることが判明しても、そのときから效力がなくなるのではなく、初めから效力がなかつたとして處理されるのである。その意味では、行爲の當初に遡つて無效として處理されることになるが、それは、次の取消のやうに、取消す時まで有效で、取消してから當初に遡つて無效となること(遡及效)とは異なり、始源的に無效であり、無效であることに氣付くか否か、それによつて何らかの意思表明をしたか否かとは無關係に當初から效力は認められないといふことである。

それゆゑ、「不遡及無效」といふ概念、つまり、無效ではあるが、無效を主張したときに、將來に向かつてのみ無效となるやうな概念を認めることは、取消との區別が付かず、無效の概念を混亂させ破壞させるに至る。

ところで、民法第九十六條第一項には「詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる(詐欺又ハ強迫ニ因ル意思表示ハ之ヲ取消スコトヲ得)。」とあり、これは詐欺又は強迫による意思表示であつても一應は「有效(不確定的な有效)」であつて、それを「取消」の意思表示をなすことによつて、行爲時に遡つて確定的に無效とするのである。これが「取消しうべき行爲」といふ概念である。

これは、英米法における「不當威壓(undue influence)」の法理に由來するもので、支配的地位に立つ者がその事實上の勢力を利用して、服從的地位に立つ者の自由な判斷の行使を妨げ、後者に不利益な處分または契約をなさしめた場合には、自由恢復の後において、その處分なり契約を取消して無效を主張することができるとされてゐるものである。そして、特に、その詐欺または強迫の程度が著しく自由意思によらない強制下でなされたときは、意思の欠缺となり、その瑕疵の著しさ故に、取消の意思表示やその他の觀念の表明を必要とせずに當初から「無效」と評價される。これは、私法理論であるが、およそ社會關係に遍く適用される法理であつて、公法にも適用があることは疑ひはない。

ところで、「取消しうべき行爲」は、「瑕疵ある意思表示」であり、後に「取消」によつて遡及的に確定的に無效とすることができるし、あるいは逆に、後述するやうに「追認」することによつて確定的に有效とすることもできる。これは、およそ效力評價において、無效か有效かといふ峻別の法理からして例外に屬する範疇である。このやうな概念が定立されるのは、當事者の利益衡量を精緻にすることを目的とする私法固有の事情によるものであつて、私法の中でも團體法において、また、公法においては、法的安定性を重視するため、有效か無效かの二分法による峻別の法理が原則通り適用される。後に述べる「事情判決の法理」や「裁量棄却判決の制度」も、理論上はこの例外ではないのである。

それゆゑ、占領憲法の效力論爭においても、後述するとほり、制定時において、その目的、權限機關、内容、手續、時期などに瑕疵があれば無效、瑕疵がなければ有效として評價されることになり、「取消しうべき改正行爲」といふ概念は成り立たない。現に、この效力論爭において「取消説」なるものは存在しないのである。  また、有效説の中には、追認、時效などの私法理論を援用するものがあり、これに對して、これらの普遍的法理を無效説の論據及び反論として援用することも認められて然るべきものであるから、以下、特段に排除する根據と理由がない限り、私法理論の普遍的法理を占領憲法の效力論に援用するものとする。

ともあれ、この「無效」とは、無效であることを確定させるための新たな立法行爲(占領憲法無效化決議)をしなければならないものではない。法律的、政治的、社會的には無效であることを「確認」する決議(無效宣言決議)をすることは政治的には望ましいものの、それをしなければ「無效」が確定しないものでもない。また、後述するとほり、その政治宣言としての無效宣言決議をなすについては、占領憲法は無效であるから、占領憲法第九十六條の「改正條項」の適用はなく、過半數原則による通常の國會決議で充分であるといふことになる。

なほ、ここで「有效」と「無效」の區別を説明したが、さらに本質的な事項について説明する必要がある。「有效」とは概ね法令に適合してゐる場合であり、「無效」とは概ね法令に違反してゐる場合であつて、適合ゆゑに有效、違反ゆゑに無效である。しかし、必ずしもさうではない。法令の規定であつても、それに違反しても無效とはならないとする規定もある。それを「訓示規定」といふ。一定の行爲を禁止し、一定の行爲を命ずるものの、それはあくまでも「原理」(principle)であつて、これに違反したとしても無效とはならない規定のことである。これは極めて例外的なものである。そして、原則通り、その規定に違反すれば無效となる規定のことを「效力規定」といふ。その規定の性質は、訓示規定の場合のやうな「原理」(principle)ではなく、「準則」(rule)である。つまり、「效力規定」といふのは、違反行爲ないしは違反法令が法秩序と法體系を侵害するものであることから、當該規定に違反した行爲ないしは法令を無效とする規定のことである。

この區別からすると、國家における重要法令、特に憲法などの規定は、すべて例外なく「效力規定」である。それゆゑ、憲法の各條項に違反するものは、すべて「無效」といふことになるのである。效力論は本質的な問題であるから、憲法典に違憲審査制度に關する手續的・形式的規定があるか否かによつて左右されるものではない。もし、憲法改正行爲などの立法行爲(規範定立行爲)が憲法に違反するが、それ自體が無效とはならないといふ例外を肯定するとすれば、その例外であることの特段の事情などについての立証責任は、例外であることを主張する者の側にある。それゆゑ、その者が例外であることの立証に成功せず、あるいは沈黙することは、違憲無效であることを承認することになるのである。

続きを読む