國體護持總論
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規範の轉換

「無效行爲の轉換」といふ概念がある。そして、これと類似したものとして、「無效規範の轉換」といふものがある。無效行爲の轉換といふのは、ある法律行爲(立法行爲)がそれ自體としては無效であるとしても、それが他の法律行爲(立法行爲)の要件を具備してゐる場合には、法的安定性を維持する見地などから、その無效行爲が別の法律行爲として成立し、その有效要件を滿たせば效力を生ぜしめることをいふ現象であり、一般には私法行爲に妥當する理論であるが、公法についても應用されてゐる。これは、前に述べた「評價規範」による效力要件の充足といふ現象である。

私法の例で言へば、地上權設定契約としては無效な行爲を賃貸借契約としては有效であると評價したり、手形としては無效(手形行爲の無效)なものを借用證書としては有效(金錢消費貸借契約の有效)であるとするやうな場合である。

これらの例は、無效な契約が別の契約と評價される場合であるが、無效な「單獨行爲」(相手方の行爲を豫定しない單獨の法律行爲)が別の「契約」(二人以上の當事者の合意によつてなされる法律行爲)として有效であると評價される場合もある。それは、無效な自筆證書遺言が死因贈與に轉換する事例である。具體的に云へば、ある人(甲)が、自己の遺産を他人(乙)にすべて遺贈するといふ自筆證書の遺言書を作成し、それを乙に手渡し、くれぐれも後のことは賴むと依賴したとする。ところが、甲が亡くなつてから、その自筆證書の遺言書を家庭裁判所で檢認したところ、自筆證書の要件を滿たさないために、結局はその遺言が無效と判斷されるといふことがある。このやうなことは、自筆證書遺言について民法が嚴格な要件を定めてゐることから頻繁に發生しうる事態である。ところが、同樣の事案において、裁判所は、これを死因贈與とみなすとの判斷を下した(水戸家庭裁判所昭和五十三年十二月二十二日審判、東京地方裁判所昭和五十六年發月三日判決、東京高等裁判所昭和六十年六月二十六日決定、東京高等裁判所平成九年發月六日決定など)。つまり、この無效な遺言書は、甲が乙に對して、自己が死亡したときに乙に贈與するといふ死因贈與契約(死亡を停止條件とする贈與契約)の申込文書であり、これを乙に交付することによつて、その申込をなし、乙は、これを受け取つてその内容を知らされた上で承諾したのであるから、贈與契約が成立したと看做すことができるといふ論理を示したのである。これは、甲と乙との間で、初めから死因贈與の合意があつたとしたのではない。當事者雙方は、その意思がなく、その意思表示もしてゐない。行為規範としては遺言は無效ではあるが、それを評價規範により贈與契約としては有效であることを肯定したといふことである。

これを公法の規範定立行爲に當て嵌めた場合、ある法規(立法行爲)が無效とされた場合、それがその上位に位置する法規として有效とすることはおよそあり得ないが、下位に位置する法規として有效と評價しうることがあり得るが否か、具體的には、占領憲法が帝國憲法の改正としては無效であつたとしても、帝國憲法の下位法規である條約、法律、敕令などとして有效と評價し得るか否かといふことになる。これが、「無效行爲の轉換」と類似した「無效規範の轉換」といふ現象である。後に述べるとほり、帝國憲法第七十六條第一項は、この無效規範の轉換を肯定する根據となつてゐる。

この條項は、極めて重要である。それは、後述するとほり、占領憲法が國内系の規範として制定されたことからすれば、それは「單獨行爲」といふことになるが、その無效な「單獨行爲」(帝國憲法の改正)が國際系に屬する講和條約といふ「契約」(占領憲法條約)として評價できるとする眞正護憲論(新無效論)は、この帝國憲法第七十六條第一項の規定を根據とするからである。この第七十六條については、「憲法施行以前ニ於ケル法令及契約ノ效力ヲ規定シタリ」(文獻6)とする解釋がある。憲法制定時において、そのやうな要請から生まれた規定であるといふ沿革があつたことは確かである。しかし、この規定には、「憲法施行以前」といふ限定の文言は全くないので、ことさらに「憲法施行以前」に限定して解釋する根據に乏しいものがある。それどころか、憲法施行以前といふのは、憲法は存在するがその效力の發生が停止されてゐる状態と理解すれば、憲法施行以後であつても、國家の異常な變局時に憲法の效力が事實上停止されてゐる状態と全く同樣である。それゆゑ、憲法の效力が停止されてゐる状態であれば、施行の前後で區別する必要はなくなる。施行以後においても憲法の效力が事實上停止されてゐたり、事實上の障碍が存在する場合にも同條が適用されることは當然のことであり、少なくとも類推適用が肯定されるとすることに問題はない。そして、GHQの軍事占領下の我が國の法的状況は、まさにそのやうな状態であつたのであるから、同條が適用されることに異論はないはずである。

ところで、このやうな「無效規範の轉換」、すなはち、嚴密には、無效な規範が種類の異なる他の規範へと轉換するといふ現象以外に、有效に規範が成立した場合、それがそれより上位に位置する規範として評價される場合がある。いはば、「有效規範の轉換」である。これは、第一章の「行爲規範と評價規範」のところで述べた、刑法典、民法典の基本的規範や、君が代、日の丸などのやうに、法律として成立したものが規範國體として評價できるといふことを指す。

このやうな「無效規範の轉換」や「有效規範の轉換」といふ「規範の轉換」現象は、まさに法の科學である評價規範の作用として認められるのである。

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