國體護持總論
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無效理由その二 「陸戰ノ法規慣例ニ關スル條約」違反

オランダのス・フラーフェンハーヘ(ハーグ、英語名・ヘーグ)で我が國及び連合國が締結してゐた『陸戰ノ法規慣例ニ關スル條約(ヘーグ條約)』(1907+660)の條約附屬書『陸戰ノ法規慣例ニ關スル規則』第四十三條(占領地の法律の尊重)によれば、「國ノ權力カ事實上占領者ノ手ニ移リタル上ハ、占領者ハ、絶對的ノ支障ナキ限、占領地ノ現行法律ヲ尊重シテ、成ルヘク公共ノ秩序及生活ヲ回復確保スル爲施シ得ヘキ一切ノ手段ヲ盡スヘシ。」と規定されてゐた。そして、ポツダム宣言は、「民主主義的傾向の復活強化に對する一切の障礙を除去すべし。」(第十項)との表現をもつて、改革すべきは帝國憲法自體ではなく、その運用面における支障の除去にあつたことを強く指摘してゐたものであつて、帝國憲法を改正しなければならないやうな「絶對的ノ支障」などは全くなかつた。つまり、これまで我が國の根本規範及び最高規範として通用してきた帝國憲法には種々の人權條項があり、連合軍の占領政策を實施するにあたつて、その運用を十全にすることによつて充分であつて、そのことについて「絶對的ノ支障」があるはずがなかつたといふことである。ましてや、明治典範を含む正統典範に至つては、そもそも何ら「支障」と考へられる點すらなかつたのである。

それゆゑ、占領下での典憲の改正は國際法に違反する。

ところが、これに對し、ヘーグ條約は、交戰中の占領に適用されるものであり、我が國の場合は、交戰後の占領であるから、ヘーグ條約は原則として適用されず、適用されるとしても、ポツダム宣言・降伏文書といふ休戰條約が成立してゐるので、「特別法は一般法を破る」といふ原則に從ひ、休戰條約(特別法)がヘーグ條約(一般法)よりも優先的に適用されるとする見解による反論がある。

しかし、このやうな見解は、根本的に誤つてゐる。

第一に、第二章で述べたとほり、GHQ(マッカーサー)は、「占領軍は、國際法および陸戰法規によつて課せられた義務を遵守するものとする。」として、GHQの占領統治が陸戰法規の適用を受ける占領であることを承認してゐたのである。にもかかはらず、このやうな見解の論者は、なにゆゑに、占領軍の見解とも異なり、しかも、あへて我が國に不利な解釋をするのか、その屬國意識と賣國意識の強固さに愕然とする外ない。

第二に、「交戰中」と「交戰後」とに區分する基準とその意味が不明であり、これを以て後法優位の原則を適用できるとする根據に乏しいことにある。ヘーグ條約は、そのような區別をせず、むしろ戰爭状態後の占領時に適用されることを豫定してゐるものである。そもそも、ポツダム宣言の受諾と降伏文書の調印によつて「停戰」したのであるから、これは「交戰後」には當たらない。「停戰」は「交戰中」の一態樣なのである。

第三に、これとの關連で、昭和二十六年の桑港條約第一條には「日本國と各連合國との間の戰爭状態は、第二十三條の定めるところによりこの條約が日本國と當該連合國との間に效力を生ずる日に終了する。」とあり、降伏文書調印後においても「戰爭状態」であるから、ヘーグ條約が適用されることになる。

第四に、「特別法は一般法を破る」といふ原則自體は肯定できるとしても、あくまでもこれは、両者が同じ性質の「法規」でなければならないのである。ところが、一般法とするヘーグ條約は、條約といふよりも客観的かつ普遍的に適用される一般國際法であるのに對し、ポツダム宣言や降伏文書は、戰爭當事国間にだけ適用され、それが條約としての適格性に疑義がある條約であることからすると、両者の法規としての性質が同質ではないことになる。それゆゑ、特別法優位の原則を適用できず、ヘーグ條約は排除されないことになるのである。

第五に、假に、さうでないとしても、特別法優位の原則が適用される場面は、特別法と一般法とが同じ事柄についてそれぞれ異なる規定を設けてゐるときに、どちらの規定を適用するのかが問題となる場合のことであつて、ポツダム宣言と降伏文書には、ヘーグ條約を排除する規定もなければ、占領下において憲法改正を義務づける規定もないのである。それどころか、「民主主義的傾向の復活強化に對する一切の障礙を除去すべし。」(ポツダム宣言第十項)として、帝國憲法秩序の「復活強化」を規定してゐたぐらいであり、ポツダム宣言と降伏文書は、ヘーグ條約と同樣、帝國憲法の改正についてはこれを肯定してゐなかつたので、やはりヘーグ條約違反である。

尤も、この違法性は、次に述べる「無效理由その三」とともに、「無效理由その四」の補強的な理由となるものである。

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