國體護持總論
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著書紹介

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始源的有效論の場合における國内法上の責任

これに對し、占領憲法が有效であるとする見解に立つとすれば、占領憲法第九條第二項後段で「交戰權」が認められないことを前提とした議論がなされなければならない。また、有效論であつても、始源的有效論か後發的有效論かによつて、また、そのうちの樣々な見解によつても、それぞれの場合に分けて檢討しなければならないことになる。

つまり、天皇の戰爭責任を檢討するについては、前に述べた如く、その準據する憲法がどの時點でいづれの憲法なのかといふこと、すなはち、憲法とは帝國憲法なのか占領憲法なのか、具體的には占領憲法の效力論から檢討した上でなければ正確な結論が出せない。つまり、前述のとほり、無效論であれば、帝國憲法第三條で無答責の結論に達するが、有效論ではこれと樣相を異にするのである。

では、まづ、始源的有效論によると、そのいづれの説であつても、占領憲法制定時において帝國憲法は效力を失ふが、そのときまでの天皇の責任は、やはり帝國憲法第三條で無答責となり、占領憲法制定後の責任について議論することになる。尤も、八月革命説のやうに、「停戰」と同時に帝國憲法が失效したとすると、占領憲法制定までの間は「憲法の空白」が生まれる。しかし、占領憲法第百條には、「この憲法は、公布の日から起算して六箇月を經過した日から、これを施行する。」との不遡及の規定があることから、「革命時」まで遡及しないことになる。もし、これを革命時まで遡及させ、あるいは帝國憲法が失效してゐない開戰の時期まで遡及させて天皇の戰爭責任を議論することは、それこそ占領憲法に違反する見解であり、自己矛盾を來すことになる。

ともあれ、始源的有效論の場合は、占領憲法制定後から戰爭状態が終結する桑港條約の發效までの間は、占領憲法が適用されることになるので、天皇には國政に關する權能を有しない(第四條)ことからして、ポツダム宣言の受諾と降伏文書の調印後の停戰状態(戰爭状態)に關する責任はやはり問へない。天皇が降伏文書の調印後に何もしなかつたといふ不作爲責任を問ふとしても、まづ、そのやうな事實があつたか否かはさておき、そもそも國に交戰權が認められてをらず、しかも、占領憲法第四條によつて、その作爲義務も作爲可能性もない天皇に對して不作爲責任を法的に問ふことは法理論上絶對に不可能である。つまり、作爲義務が肯定される場合は、作爲の必要性と作爲の可能性の雙方が認められることが前提であるが、占領憲法においては、天皇は内閣の助言と承認によつて國事行爲を行ふのみであつて、全ての責任は内閣にあるので、天皇には、作爲の必要性も作爲の可能性もないからである。それゆゑ、始源的有效論(革命説、承詔必謹説など)では、やはり天皇には戰爭責任はないとの結論が導かれる。

なほ、附言するに、前にも述べたが、帝國憲法下では、概ね立憲君主的な有權解釋がなされ、慣例的に、天皇は拒否權(ヴェトー)を行使できず、上奏された事項について疑問や不審の點があれば御下問を繰り返して暗に御内意を傳へることしか許されず、これが天皇の「作爲」の限界であり、天皇に開戰を阻止し、かつ早期に停戰を實現しうる作爲の可能性はなかつたのである。

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