國體護持總論
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條約法條約

しかし、ポツダム宣言には、「右以外の日本國の選擇は、迅速且完全なる壞滅あるのみとす。」として、ポツダム宣言を受け入れない場合には、原爆投下による我が民族を殲滅(ホロコースト)するとの宣言がなされ、このやうな絶對的強制下でこれを受諾し、完全武裝解除による無抵抗状態において欺罔と脅迫による不利益變更が行はれた降伏文書の調印により獨立を喪失させた條約の瑕疵は極めて重大である。果たして、このことはポツダム宣言の受諾と降伏文書の調印を無效化する理由となるのであらうか。

この問題の解明については、我が國が昭和五十六年に締結した『條約法に關するウィーン條約(條約法條約)』(條約第十六號及び外務省告示第二百八十二號、資料四十三)が參考になる。

ただし、條約法條約第四條によれば、「この條約の不遡及」を定め、「この條約は、自國についてこの條約の效力が生じている國によりその效力發生の後に締結される條約についてのみ適用する。ただし、この條約に規定されている規則のうちこの條約との關係を離れ國際法に基づき條約を規律するような規則のいかなる條約についての適用も妨げるものではない。」との不遡及規定があるため、ポツダム宣言の受諾と降伏文書の調印、占領憲法(東京條約、占領憲法條約)の締結、桑港條約の締結には直接に適用はないことになる。

ともあれ、この條約法條約は、その第五部第二節の第四十六條以下に「條約の無效」について規定し、明白な憲法違反(第四十六條)、特別の制限(第四十七條)、錯誤(第四十八條)、詐欺(第四十九條)、國の代表者の買收(第五十條)、國の代表者に對する強制(第五十一條)、武力による威嚇又は武力の行使による國に對する強制(第五十二條)、一般國際法の強行規範の牴觸(第五十三條)を無效原因として擧げてゐる。

もし、この條約法條約がポツダム宣言と降伏文書などに適用されるとすれば、いづれも無效であることは明らかであるが、當時の國際慣習法においては、武力による威嚇又は武力の行使による國に對する強制(第五十二條)による講和條約はある程度當然のことであつたし、我が國もまた耐え難きを耐え忍び難きを忍んで對外的な天皇の講和大權に基づいてこれを受容したのであつて、これを直ちに無效とすることはできない。

國内法の論理と國際法の論理とは別の法體系であつて、これに國内法の論理を當てはめれば當然に無效であつても、國際法の論理では無效とは言ひ切れない。國際法の論理は、當時から現在に至るまで著しく變化したものの、當時の戰時國際法においては、戰爭とは國家間において武力を行使して行はれる合法的な闘爭であつて、宣戰(開戰)よつて國交が斷絶し、戰闘後に停戰、講和を以て終了する國際紛爭のための一連の合法的な解決手段であつた。我が國もこの戰時國際法に基づいて大東亞戰爭を宣戰大權の行使により國際的には合法的に開戰したのであるから、その終了についての講和も原則として受容しなければならない。確かに、當時の國際法においても、強制によつて締結された條約は無效であるとする國内法と同樣の論理は一般論としてはあり得たが、究極的な國權の發動である戰爭であつても合法であり、その終局の段階である講和にもある程度の強制が加へられても合法であつて、ましてや一般の條約においても外交交渉の一貫として強權的要求があつても有效といふことである。それゆゑ、この大東亞戰爭の終了に際して戰勝國によつて敗戰國を支配するために結成された國際連合體制に組み込まれた我が國としては、敗戰によつて締結された講和條約群に對しては、これがたとへ不平等で不合理な内容であつたとしても、その後の改正、破棄等の手段を以て原状回復を目指さなければならず、事後法である條約法條約の趣旨を援用して獨立喪失條約自體の無效を主張することは、それこそ禁反言の法理が支配する國際的な信義に悖ることになる。我が國の先人達は、幕末において黑船の威嚇により、治外法權と關税自主權喪失などの不平等な内容で締結された安政五カ國條約とその後の條約をそれから五十年以上の長い努力によつてこれらを對等なものへと改正したことを範とすべきであらう。

ところが、假に、さうであつたとしても、前述のとほり、ポツダム宣言には、「右以外の日本國の選擇は、迅速且完全なる壞滅あるのみとす。」として、ポツダム宣言を受け入れない場合には、原爆投下による我が民族を殲滅(ホロコースト)するとの宣言がなされてをり、また、「吾等の條件は、左の如し。」(第五項)として、無條件降伏を求めてゐるのではなく、あたかも有條件降伏を求めてゐるかの如くではあるが、これに引き續いて「吾等は右條件より離脱することなかるべし。右に代る條件存在せず。吾等は、遲延を認むるを得ず。」として、その條件の取捨選擇を許さない「無條件受諾」を求めるものであつた。

それゆゑ、このやうな絶對的強制下での獨立喪失條約がそれでも有效であるとすることには依然として疑問が殘るのである。

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