國體護持總論
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國内系と外國系と國際系

國際法(條約)と國内法との法規範秩序の相互關係について、いはゆる「一元論」と「二元論」との對立があり、さらに、憲法と條約との關係における「憲法優位説」と「條約優位説」との對立があることは、これまで述べてきたとほりであるが、ここでは、國際系と國内系の關係において、條約(講和條約を含む。)が、何らの國内系への編入措置を講ずることなく自動的に國内系の規範として適用されるのか(一元論)、それとも、條約締結國は、國内系において、この條約に基づいて新たに規範を定立して(立法化して)それを適用する義務を負ひ、それに基づいて規範化されて初めて、その規範を通じて當該條約の規範性が實現するのかといふことについて再度述べてみたい。

思ふに、國際社會には、多數の對外主權國家(獨立國家)が存在するので、個々の獨立國家内の法規範である國内系の法體系と獨立國家相互間の對外的な國際系の法體系との二つの異なつた法體系の領域があることは周知のことであり、そのことは、特に、公法の領域において、國内系(國内規範)の體系と國際系(國際規範)の體系とを統一する世界法體系(統一規範)は現在もなほ存在してゐないことは明らかである。

さうであれば、公法の領域における國内系の法體系と國際系の法體系とは、各々の體系に屬する法規範が規律する事項や範圍を異にするので、單純な「一元論」は説得力を持たない。一元論とは、國際法に屬する規範がそのまま直接的に國内法に屬する規範として適用されるとするものであるが、國民國家の國際社會においては、特に公法の領域において通常はそのやうなことはあり得ない。特に、國家間のみを拘束する條約においては、それぞれの國民に對する直接の效力を考へることはできないからである。それゆゑ、二元論による理解しかあり得ず、また、國際系の規範を國内法秩序へと編入するについて、「立法方式(變型方式)」と「承認方式(一般的受容方式)」とがあるとしても、我が國は、前者によつてゐることは前に詳述したとほりである。

ところで、話は全く變はるが、世界の全事情と全領域が雛形構造をしてゐることからして、この國内系と國際系との關係が、神經細胞の構造と模型的に相似してゐることについて述べてみたい。まづ、神經系を構成する基本單位である神經細胞(ニューロン、ノイロン)は、形態的には、その中核には「神經細胞體」があり、そこから比較的短い複數の「樹状突起」が延びてゐる。これは感覺細胞や他のニューロンからの刺激を受けて神經細胞體に情報を傳へる働きをしてゐる。そして、それ以外に、神經細胞體か比較的太い樹状突起の基部から太く長く皮膜に包まれた「軸索突起」があり、その延びた先で次の神經細胞などに接合してゐるといふ構造になつてゐる。そして、ニューロンの軸索突起が延びた末端には、シナプスといふ結合部があり、ここから神經傳達物質が放出されて、次のニューロンに電位變化による興奮が傳達されるといふ基本的構造を有してゐる。傳達は一方通行であり、樹状突起と軸索突起、それに末端のシナプスなどの複雜な構造は、大腦生理學的にも未だ解明されてゐない點も多いが、シナプスには、興奮性と抑制性の對極した二種類があるとされてゐる。これを極めて簡素な雙方向傳達の機能構造に置き換へると、神經細胞體を國家及びその法體系に、次の神經細胞體を別の國家及びその法體系に、そして、軸索突起とシナプスを國際系に屬する條約に對應したものとして相似的に捉へることができる。

つまり、神經細胞體(自國)と他の神經細胞體(他國)とは形態的には同質であり、軸索突起とシナプスといふ結合部(條約)とは形態的かつ機能的に異質である。言ひ換へれば、自國の國内系と外國の國内系(外國系)があつて、それらを連結する部分が條約といふ構造と類似してゐることになる。結合部の條約は、確かに雙方の國内系に傳達物質によつて情報を傳達して刺激と興奮、麻痺と抑制を與へるものの、それによつて國内系の成分や細胞組成に直接に變化をもたらすものではないが、刺激と興奮、麻痺と抑制が傳達されることによつて、間接的な影響を與へることは確かであらう。

さう捉へると、實は、神經系統は、このやうなニューロンとシナプスなどの連結したネットワーク構造であつて、一つの大きな單細胞としての神經細胞が構成されてゐるのではない。それゆゑ、國際法と云つても、國内法と相似した存在ではなく、神經細胞體(國内系)から形態的に區分される軸索突起(條約)の總體といふ意味であり、それをいくつ集め合はせたとしても、一つの大きな神經細胞體に類似したニューロンになることはない。國内系と國際系とは、全く異なる體系であることとなり、二元論が正鵠を得てゐることになる。

つまり、國内系と外國系(外國の國内系)と國際系(各國の條約集合體)の三つが認識され、自國からみれば、それに影響を及ぼすのは、國際系のみであり、外國系は、その國際系を通じてでしか何ら國内系に影響を及ぼすものではないので、ここで考察すべきは、國内系と國際系の二つの關係だけに限定されることになる。

そして、二元的な關係にあることからして、單純に國際法が國内系に優位するといふことはあり得ないし、確立された國際法規と雖も、それを認識、確認、評價することが一律ではないことが多く、しかも、國家の國益を否定される方向のものであれば、それを受け入れるか否かについては國家に自主權がある。國際系では力の支配、力の論理が適用されるのであれば、それは少なくとも國家が合意しないことについては、力で屈服させられない限り、それを遵守するか否かの選擇權はある。にもかかはらず、無條件で確立された國際法規なるものの遵守義務を謳ふ占領憲法第九十八條第二項は、占領憲法自らがこれと同列の條約であつたことを自白した規定であると解釋できるのであり、最高規範性を自ら否定したことになることはこれまで述べてきたとほりである。

國内系と國際系との關係は、このやうなものであるが、さらに、このことに加へて、前章で示した

規範國體(明治典範を含む正統典範と帝國憲法を含む正統憲法の根本規範部分) > 講和大權 ≧ 講和條約群(ポツダム宣言、降伏文書、占領憲法、桑港條約) ≧ 憲法改正權 ≧ 憲法的慣習法 ≧ 通常の憲法規定部分 > 條約大權 ≧ 一般條約 = 條約慣習法 ≧ 憲法慣習(事實たる慣習) > 法律 ≧ 緊急敕令 > 政令その他の法令

といふ法段階構造の不等式(=は同等同列の意味)を基礎にした章末の別紙四『國内系國際系關係圖(付録・規範不等式)』によつて、その立體的構造の理解をさらに深めていただきたい。

なほ、「憲法的慣習」には、戰前において帝國憲法に適合してゐた本來的な慣習(合憲慣習)と、占領後において占領憲法を含む講和條約群により帝國憲法に違反した運用がなされてゐる慣習(違憲慣習)とが併存してゐることになる。憲法的慣習は、正規の憲法改正によつて改廢されることになるから、それが憲法的慣習法として承認されたとしても、當然に憲法改正權の下位となる。この不等式では、違憲慣習法だけが恆久的な效力がないために、これと恆久的な合憲慣習法やその他全ての法規とを同列に論ずることはできないが、これは、國内系と國際系とを形式的かつ平面的に序列した模式圖であつて、國内系の序列に、國際系に屬する講和條約と一般條約を組み込んで、その效力的限界について述べたものである。

つまり、講和條約や一般條約を締結するだけでは、その内容の規範がそのまま直ちに國内系に組み込まれず、國内系における立法措置を通じてその條約の内容が實現するのであつて、講和條約や一般條約が直接に國内系において效力が發生するものでないことに注意しなければならない。これを先ほどの神經細胞で喩へれば、國際系の講和條約や一般條約のシナプスから國内系の受容體に向けて、立法義務の履行請求といふ衝撃電波(電流)が發せられてゐるのであるが、それは神經細胞體組織(國家)と直接連結して一體となつてゐるのではなく、あくまでも神經細胞體に「速く改正しろ」といふ衝撃電波による衝撃(立法義務の履行請求)を與へ、神經細胞體組織(國家)を興奮させてゐるといふことなのである。

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