國體護持總論
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拉致問題について

拉致事件については、一歩の譲歩もすることはできない。絶對無條件で原状回復論による解決を求める姿勢を嚴格に貫かねばならないことは勿論である。

國際法の父とか、自然法の父と呼ばれてゐるフーゴー・グロティウスは、『戰爭と平和の法』の中で、正當な戰爭(正義の戰爭)といふ概念を提唱した。これが「正戰論」である。正戰には三つある。第一は自己防衞のための「自衞戰爭」、第二は不法に奪はれた財産の回復のための「回復戰爭」、そして、第三は財産の不法侵奪や邦人拉致などの不法行爲を回復し再發防止のために行ふ「處罰戰爭」である。しかし、その後、第一次世界大戰後に「國際連盟規約」や「不戰條約」を經て、自衞戰爭以外に、國際連盟規約違反の戰爭をなす國家に對する制裁としての戰爭のみを合法的な戰爭(正戰)とした。そして、國際連合憲章では、正戰を自衞戰爭のみとし、その自衞戰爭の中に、集團的自衞權に基づく戰爭を含むものとした(第五十一條)。しかし、この集團的自衞權といふものは、第三章で述べたとほり、本來の自衞權(個別的自衞權)とは全く異質のものである。この條項が生まれたのは、冷戰構造が構築されつつある状況の中で、アメリカが中南米を含む全米を影響下(支配下)に置くことを目的としたチャプルテペック決議(後の全米相互扶助條約)に基づく軍事行動については國連安保理の許可を不要とするために編み出したことにある。當初の國連憲章の原案では、集團的自衞權の行使は安保理の許可が必要となつてゐたことから、ソ連の拒否權發動を懸念して、憲章本文に集團的自衞權の條項を入れることになつたのである。そして、個別的及び集團的自衞權の行使については安保理に対する事後の報告事項とし、事前の承認事項ないしは許可事項としなかつたのである。それゆゑ、集團的自衞權は個別的自衞權と同質のものであるとし、いづれも國家の「固有の権利」であるかの如き國連憲章第五十一条の表記副つた主張は、自衞戰爭をこれまで正戰としたきた國際慣習からして到底認めることはできない。集團的自衞權は、あくまでも國連憲章によつて認められた權利であり、固有の權利(自然權)ではありえない。また、集團的自衞權とは異なり、個別的自衞權が固有の權利(自然權)であるとしても、占領憲法が憲法であるならば、これを行使すること(交戰權を行使すること)が否定されてゐるのであるから、個別的自衞權も占領憲法においては否定されてゐることになるのである。たとへていふならば、肉食妻帶することは人の自然權であるとしても、佛教の戒律によつて僧がこれをなすことを禁止することはできるのであつて、その戒律がある限りこれを犯す者はやはり「破戒坊主」であることに變はりはないことと同じである

ところで、我が國がサンフランシスコ講和條約(桑港條約)や日華平和條約、日ソ共同宣言等を締結して「戰爭状態」を終了させて國連に加入してゐるにもかかはらず、國連憲章には未だに敵國條項(第五十三條、第百七條)があることからすると、この條項が削除改正されない限り、これに對抗しうる我が國の自衞措置として、我が國には連合國を現在もなほ敵國と看做しうる權利があるはずである。つまり、我が國は、連合國に對し、正戰として「回復戰爭」と「處罰戰爭」を行へる權利が認められることになる。

それゆゑ、ロシア(舊ソ連の承繼國家)によつて現在もなほ不法に侵奪され續けてゐる北方領土の奪還、韓國によつて不法に侵奪され續けてゐる竹島の奪還については「回復戰爭」が可能であり、我が國にホロコーストの目的で原爆を投下しながらも、いまだに核軍縮をなさないアメリカに対しては核による報復の「處罰戰爭」が可能である。我が國には核による對米報復權が認められるといふことである。しかし、この權利があることと、その權利を直ちに行使しうるか否かとは全く別問題である。手續等の要件が滿たされない限り、直ちに行使しうるものでないことは勿論である。それは、國際法が定める手續を遵守する戰爭を以て合法な戰爭と定義されることから、最終的には、カロライン号事件(1837+660)以降に國際慣習として確立してきた自衞權行使の三要件である①急迫性(急迫不正な侵害があること)、②補充性(その侵害を排除する上で他に手段がないこと)、③相當性(排除するための實力行使は必要最小限度であること)が必要となつてくるであらう。

その意味では、北朝鮮による拉致事件の最終解決については、被害者全員の身柄引渡請求、拉致事件の関与者や指示者の特定と被害状況等についての調査報告要求、我が國による直接の調査を容認させる請求、犯人の引渡請求などをなし、それでもこれらに應じない場合は、武力による奪還と軍事制裁をなすことの警告等をなし、これらの適正な段階的手順を經て、回復戰爭ないしは處罰戰爭によることができるのであり、これ以外に解決の方法は殘されてはゐないのである。

それゆゑ、占領憲法を憲法として錯覺し續ける限り、拉致事件は永久に解決しないことが解るはずである。

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