國體護持總論
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二つの喩へ話

では、「淨化再生裝置」の原理としては、何があるのか。それは、後で述べる「效用均衡理論」である。これは、單に精神論や建前論ではなく、確實かつ最終的に「公平」を實現しうる實用的な法則に從つたものである。その説明のためには、次の二つの喩へ話が必要になる。

まづは、一つ目の喩へ話である。それは、たとへば、羊羹を半分づつにして、羊羹好きの二人の子供が等分に「おやつ」を分ける場合を例にとる。ここで、羊羹を持ち出したのは、寛政の改革(1787+660~1793+660)や天保の改革(1841+660~1843+660)において、奢侈禁止の對象となつた禁制品の一つであつたから、ここでは高い效用がある例として選んだまでである。

ともあれ、この場合、子供たちのどちらかが半分に切るのではなく、その親か第三者に羊羹を半分に切らせて、親か第三者を執行者及び審判者として、その判斷により、それぞれの子供に對し、半分に切つて二つになつた羊羹を一つづつ任意に分け與へたとしても、羊羹の切り方で量の多い方と少ない方が生じることから、その多い少ないの喧嘩になる。そして、その執行者及び審判者が何時も同じ者であれば、いづれかの子供とは好き嫌ひの感情が生じ、各子供の序列が生じ、不公正の原因が生まれて、これが恆常化する。政治腐敗とは、このやうな原理で發生するのである。そこで、親が、二人の子供にじやんけんでもさせて、いづれか一方の子供に羊羹を半分に切る權利を與へ、他の子供には、その羊羹がどのやうな切られるのかを檢分させ、切られた羊羹のいづれか好きな方を優先的に選擇しうる權利を與へることにする。そして、それ以後に分けられるオヤツも同樣の方法をとる。さうすれば、その兄弟の長幼・性別を問はず、その役割と權限を随時に交替變更しうるやうにすれば、永久に羊羹の分配の公平公正が保たれるのである。羊羹を切る方は、一見して大小が解るやうに切れば、大きい方を他方が選擇してしまふから、できる限り眞半分に切らうとする。そこに、欲望の動機によつて結果的には公平が實現できる「欲望の均衡」といふ智惠なのである。政治腐敗の防止は、このやうな原理に基づかなければならない。これこそが法(正義)の支配の實效性を擔保しうるのである。ここで言ふ親、第三者及び羊羹を切る權限を與へられた兄弟のいづれか一方が「多數者」であり、他方の子供が「少數者」である。羊羹を切るといふ權限を與へられた子供が「多數者」であり、切られた羊羹のうち、いづれか好きな方を優先的に選擇しうる子供が「少數者」の例へとなる。

これは、經濟學における寡占の問題や政治學における核抑止力の問題など云はれてゐる「囚人のジレンマ」といふゲーム理論のやうに、負のスパイラルにはなり得ないものである。


次は二つ目の喩へ話である。時は江戸時代。ある商家で、番頭と手代とが二人で食事をすることとなり、おかずは大きな燒き魚一匹で、それを分けて食べることになつた。番頭は商家の雇人の頭であり、手代は、丁稚から勤め上げて元服した者で、いつの日が番頭になることを夢に見て番頭に從つてゐる。今日は御三どん(臺所女中)が居なかつたので、手代は、番頭の指示によりこの燒き魚を二つに切つて、一つづつを食べようといふことになり、手代はこれをお頭の部分と尻尾の部分とに眞半分に切つてきて、お頭の部分と尻尾の部分をそれぞれお皿に盛りつけて持つてきた。そして、お頭の部分を番頭に、尻尾の部分を手代にそれぞれ配膳して二人差し向かいで靜かに食事をし始めた。これは何の變哲もない話である。少なくともこのころは、お頭の部分は目上の人に差し出すのは、目上の人に對する禮儀の基本であり、番頭から尻尾の部分を所望したいといふことはあり得ない。手代としては、當たり前のことをしたまでであり、そのことについて番頭は當然受け入れたといふことである。しかし、燒き魚を橫に眞半分にすれば、魚肉の量は尻尾の方が多い。お頭の方は身が少なく、しかも身が取りにくい。手代は若いし食欲もあるので、それは好都合である。番頭としても、番頭に目上の禮儀を盡くしてお頭の部分を配膳してくれた手代を愛しく思ひ、面子が立つてゐる。しかも、高齡なのでさほど多く食べることもないので、身の少ないお頭の部分で充分である。これは、名を取るか實をとるかといふ相克を身分の上下で自然に分配して解消し、何の爭ひや不滿も生まれない傳統的な「智惠」である。

この燒き魚の分配についても、政治の世界において、實質的な公平を實現し、腐敗を防止しうる方法に應用できるのである。

つまり、この「羊羹方式」と「燒き魚方式」とは、共に利益と權限の公平な分配と腐敗防止を同時に實現しうるものであり、羊羹の場合は、主として均一なものの分配と對等關係における權限分配に適用され、燒き魚の場合は、主として均一でないものの分配と上下關係における權限分配に用ゐることができるのである。

そして、ここでいふ「效用均衡理論」とは、この「羊羹方式」と「燒き魚方式」とによつて構築された理論といふことになる。

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