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青少年のための連載講座【祭祀の道】編

第三十五回 微笑と祭祀

とつひとに やまとのひとの ほゝゑみの なぞとくすべは ありぞけるかも
(外つ人に 日本の人の 微笑みの 謎解く術は 有りぞけるかも)

『日本人の微笑』(The Japanese Smile)といふ小泉八雲の作品があります。これには、西洋人からすると、どんなときにも日本人が微笑みを浮かべることを理解できない謎の一つと思つてゐることが描かれてゐます。

これは、イギリス人である小泉八雲の友人(日本人)が、神戸の開港地(外人居留地)に付き添つてきたとき、その友人が小泉八雲に、「なぜ外国人は全然笑顔を見せないのでしょう。あなたは外国人に向かって話しかける時でも、にこにこ笑い、お辞儀をなさるのに、あの外国人は全然笑顔を見せない。なぜでしょう。」と言はれ、小泉八雲が日本風の生活習慣にすつかりはまり込んでゐたことを自覚することから始まり、いくつかの話を紹介し、その上で自己の論考を展開してゐる作品です。


『明治日本の面影』(講談社文庫)所収の「日本人の微笑」からの引用ですが、その中に紹介されてゐる、小泉八雲が知己の西洋人から聞いた話といふのは、次に紹介する三つの実話です。

まづ、一つ目ですが、これはこんな話です。


ある人(西洋人)が横浜の山の手から馬に乗つて下へ駆け下りてくる途中、空の人力車が曲り坂の左右間違へた側を登つてくるのに気付き、俥屋に向かつて、道路の向かひ側へ行けと日本語でどなると、その俥屋は曲り坂の低い方の塀に人力車を寄せてしまつたため、梶棒が道路の中央に向けて突き出た状態になり、馬をかわす間もなく、「俥の梶棒が一本、あっという間に馬の肩にぶち当った。車夫の方は全然怪はしませんでした。私は自分の馬が血をだくだく流しているのを見て、ひどく激昂してしまい、鞭の柄でもって車夫の頭をがつんと叩いた。すると、車夫はじっと私の顔を見つめ、にっこりと笑い、それからやおら御辞儀をしたのです。・・・その時、私はまるで自分が打ちのめされたような気持ちになりました。あの微笑で私は完全に参ってしまって、先ほどの怒りも一瞬のうちに消えてしまった。それは、いいですか、礼儀正しい微笑でした。しかしその日本人の微笑は一体何を意味したのでしよう? 一体全体なぜあの男はにっこり笑ったのでしょう。私にはわからない」といふものです。

また、二つ目にこんな話があります。


横浜在住の英国婦人の話で、彼女が「雇っていた日本人の女中が先日、なにか楽しい事でも起こったように、微笑を浮かべてやって来て、主人が死んだから葬式に参ります。それでお暇をください、と言うのです。無論お暇をあげました。亡くなった人の遺体は焼いたらしい。そうしたらその日の夕方戻ってきて、なにかお骨と灰のはいっている壺(私はその中に歯がまじっているのも見ました)を私に見せました。そして、『これが私の主人です』と言って笑ったんです。本当に声を立てて笑ったんです。こんな酷い人間がいるのをあなたはお聞きになったことがあって?」といふものです。

最後は、少し長くなりますが、横浜に居住してゐた英国商人Tの話です。


それは、Tが、丁髷を結ひ、大小の刀を腰にさした、立派な老人の侍を雇つたときの話です。Tはこの老人の勤めぶりに満足してゐましたが、東洋的な礼儀作法やお辞儀についての理解はできてゐません。ある日(大晦日)の夕方、老人はTにお願ひに来ました。それは、「大小二刀のうち長刀を形(かた)に差し出すから多少お金を貸していただけないか、という申出であった。それはたいへん見事な刀で、商人Tが見たところでは値打ちもある品だったから、躊躇せずに金を貸した。数週間経つと老人は借金を返済し、かつ刀も取り戻した。」そして、その後のことですが、理由は定かではありませんが、Tの気分が立つてゐた「ある日Tはその老人に対しひどく腹を立てた。そしてTが怒れば怒るほど老人はお辞儀をし微笑を顔に浮かべた。それを見てTはますます激昂し、口汚い言葉を使って相手を罵倒した。それでも老人はお辞儀をし微笑した。それで我慢しきれなくなったTは老人に家から立去るように命じた。しかしそれでも相手は微笑を浮かべている。その顔を見たTは我を忘れて、老人を殴った。しかし殴った途端にはっと恐ろしくなった。長刀の刀身が鞘からすらりと抜けたと思う間に、自分の頭上で空を切ったからである。その時の老人は老人とは思えぬ身のこなしであった。剣術の心得のある者が両手で握れば、日本刀の鋭利な刃は一刀の下に相手の首を刎ねることもできる。しかし、Tが驚いたことに、その老いた侍は、抜いたと見る間にものの見事な刀さばきでまた刀を元の鞘へ収め、踵をめぐらして、引き退った。そこでTは一体何事かと訝しみ、腰をおろして考えた。考えてみるとあの老人は自分にいろいろ親切なことをしてくれた。こちらが頼みもせぬのに親切な事を無報酬でしてくれた。・・・正直で一点非の打ち所がなかった。思い返すうちにTは恥ずかしくなって赤面する思いがした。それでも、『しかしやっぱりあいつが悪いんだ。私が腹を立てている時、それを知りながら笑うような権利はあの男にはないはずだ』と言って、自分自身を慰めようとした。しかし機会があればこの償いはしたい、と心に決めた。しかしその機会は永久に来なかった。その日の夕方、老人は侍の古式に則って切腹してはてたからである。切腹した理由を述べた美しい筆跡の遺書が残されていた。侍にとって不当に打擲されてその恥をそそがぬのは耐え難い恥辱である。いまそのようなはずかしめにあった。それが他の事情なら、老人は相手を斬って捨てたであろう。しかしこの場合、事情は特殊であった。前に一度必要に迫られた際、借金のために形として刀を預けたことのある男に対し、その刀をふるうことは武士たる者の名誉の掟にそむく。その刀をふるうことが許されぬ以上、老人に残された道は切腹以外になかった。読者に対しこの話の後味がこれ以上悪くなることのないようつけ加えると、Tはこの件で非常に心を痛め、老人の遺族に対し懇ろに振る舞った。しかしだからといってTに、Tを激怒させ、結局この悲劇の原因となったあの老人の浮かべた微笑の意味がついにつかめた、ということではゆめゆめないのである。」といふものです。

微笑みといふと、高笑ひとか、鬼笑ひのやうに大声を上げる笑ひではなく、顔の表情をかすかに動かしただけの薄笑ひのことになりますが、笑ひには、愛嬌笑ひ、愛想笑ひ、嘲笑ひ、似非笑ひ、世辞笑ひ、空笑ひ、作り笑ひ、照れ笑ひ、苦笑ひなど様々なものがあり、自分に向けられた自嘲といふのもあります。しかし、ここでいふ日本人の微笑といふのは、さういふ形式や態様で分類されるものではなく、新渡戸稲造の『武士道』にいふ、「男でも女でも魂が揺さぶられたとき、日本人は本能的に、そのことが外へ表れるのを静かに抑えようとする。(中略)日本人にとっての笑いは、逆境によって乱された心の平衡を取り戻そうとする努力を、うまく隠す役割を果たしているからである。つまり、笑いは悲しみや怒りとのバランスをとるためのものなのだ。」とする微笑のことを指してゐるやうです。また、三島由紀夫の小説、『憂国』や『英霊の声』などに描かれてゐる、自決のときの、いはば、死出の微笑みも同じ性質のものです。

私たちは、常に微笑みを湛へ、悲しいときでさへも微笑むことがあります。このことを外国人からすると気味が悪いと感じたり、侮辱されたと誤解して怒り出すこともあります。日本人同士でも勘違ひすることがあります。


小泉八雲は言ひます。「日本人の微笑は長い歳月をかけて丹念に作りあげられた礼儀作法の一つなのである。それはまた沈黙の言語なのである。しかし日本人の微笑を、観相や表情に関する西洋的な考え方でもって解釈しようとしても、そのような試みは、漢字をふだん見慣れた物の形に似ているとか似ていないとかいって解釈しようとするのと同様、うまくゆくはずがない。」と。


しかし、現代は、小泉八雲の時代とは異なり、西洋と東洋(日本)といふ二項対立の時代ではありません。日本人自身が「日本人の微笑」を理解できず、また、「日本人の微笑」をしなくなりました。小泉八雲の言ふとほり、これを理解しようとして、西洋の合理主義に基づき、論理立てして解釈しようとしても無理です。やはり、日本人の感性、本能で理解するものです。理解するといふよりも、身に付けるものなのです。先に挙げた三つの話も、感性で受け止めてみてください。

その感性を磨くためには祭祀の実践が不可欠なのです。合理主義が蔓延し、祭祀からだんだんと離れて行つてしまつたことが、日本人自身が日本人の微笑を会得できなくなつてしまつた原因です。祭祀は、「とほつかむおや(遠つ神祖)」との対話です。とほつかむおやと対話するには、自らの生死を意識しなければなりません。どんなに苦しい状況でも心の安静を保つための本能的行動、それが祭祀の実践です。


朝夕、祭祀によつて、生死の間をさまよひ、笑つて死に、そして笑つて生まれる。その蘇りを繰り返すことが「不死」なのです。不死とは、死なないことではなく、死んでは甦ることを永遠に繰り返すことを言ひます。伊勢神宮の式年遷宮と同じことです。命には、一度きりの個体の命と、親から子へ代々受け継がれる永遠の命との二種類があります。それを祭祀によつて理解できるからこそ、笑つて死んで行くことができるのです。ですから、これからも日本人の微笑みを浮かべながら日々の祭祀を実践してください。

平成二十四年二月一日記す 南出喜久治


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