訴状(頒布用)
 
平成28年5月20日
 
大阪高等裁判所 御中
 
     原告訴訟代理人 弁護士  南  出  喜 久 治
 
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとほり
 
選挙無効請求事件
 
請求の趣旨
 
一 平成28年4月24日施行の京都府第3区衆議院議員補欠選挙を無効とする。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
 
請求の原因
 
第一 原告の地位と本件訴訟提起に至つた選挙制度に関する原告の認識について
 
 一1 原告は、政治資金規正法上の政治団体「世界平和の会」(代表・三上隆)の会員であり、肩書地に住所を有する選挙人として、平成28年4月24日施行の京都府第3区衆議院議員補欠選挙(以下「本件選挙」といふ。)の無効を求める本件訴訟を提起したものである。
  2 そして、その前提として、現行の公職選挙法による衆議院小選挙区選出議員の選挙(以下「小選挙区選挙」といふ。)及び比例代表区選出議員の選挙(以下「比例代表区選挙」といふ。)とが不可分一体となつた選挙区割に関する公職選挙法の規定は、日本国憲法に違反し無効であるから、これに基づき施行させた本件選挙も無効であると主張するものである。
 二1 しかし、本件は、昭和51年4月14日の最高裁判所大法廷判決(民集30巻3号223頁)以降に累次した大法廷判決で示された、いはゆる「一票の格差」、つまり、小選挙区選挙の投票価値の平等に関するものを争点とするものではない。
  2 むしろ、これらの大法廷判決には、平等原則に関する判断において重大な誤りがあるものであるから、本件訴訟は、これに依拠して与するものではない。すなはち、これまでの一連の最高裁判例には、その前提事実の認識と判断において、次の3点の大きな誤りあると認識してゐる。
   ? まづ、仮に、投票価値の平等を論ずるとしても、小選挙区選挙と不可分一体となつてゐる比例代表区選挙における投票価値の平等に関する問題をも併せて判断することなく、小選挙区選挙の投票価値の平等のみを切り取つて限定的・矮小的に判断してゐる点である。
   ? 次に、現行の選挙制度では、選挙人は、小選挙区選挙と比例代表区選挙としてそれぞれ一票づつ、計二票を有してをり、それぞれの投票価値の平等を個別的に評価するのみならず、これらを統合して「一人の格差」を議論しなければ、選挙制度の実相を正しく判断したことにはならないといふ点である。つまり、小選挙区選挙のみにおける「一票の格差」ではなく、選挙全体における「一人の格差」である。
   ? そして、小選挙区と比例代表区との重複立候補を認め、小選挙区選挙で落選しても比例区選挙で復活当選するといふ現行制度のもとでは、実質的に小選挙区選挙で複数の当選者を出すことになるために、小選挙区における一票の投票価値の平等を判断する基礎的な事実に大きな変更が生じてゐることについて全く判断されてゐない点である。
 三1 このやうに、これまで特定の選挙訴訟マニアによるスラップ訴訟(SLAPPstrategic lawsuit against pubric particpation)にも似た訴訟が繰り返し提起されてきた「一票の格差」訴訟によつて裁判所と国会が振り回されて国政が停滞し、しかも、このやうな形式的平等に属する「一票の格差」の是正よりも、経済的格差の著しい広がりによる「一生の格差」の是正こそが政治の最優先課題であることが疎かにされた結果、選挙制度に関しても、定数是正、選挙区変更などの小手先だけの改革だけに留まつただけで、小選挙区制がさらに厳格に深化されて行く傾向にあり、日本国憲法に副つた本来の意味での選挙制度改革の実現が全く等閑にされてゐるのである。
  2 その本来の意味での選挙制度とは、国民主権及び民主主義を前提とする日本国憲法に基づくものでなければならず、それは、国民の意思決定が多数決原理によつて意思形成が図られ、国民主権による代議制においては、国会議員の構成が民意の縮図となることが大前提とならなければならないのであつて、その視点に立つて現行の選挙制度の違憲性を指摘し、真の選挙制度の実現に資するために本件訴訟を提起したものである。
 
第二 京都府第3区衆議院議員補欠選挙の結果
 
 一1 本件選挙は、届出順に、小野由起子、田淵正文、大八木光子、森夏枝、泉健太、郡昭浩の6名が立候補した。
  2 そして、開票の結果、泉健太が65,051票、森夏枝が20,710票、小野由起子が6,449票、田淵正文が4,599票、大八木光子が2.247票、、郡昭浩が370票をそれぞれ得票し、泉健太が当選者とされた。
 二1 本件選挙の投票総数は、103,647票であり、有権者総数は343,924人であるから、投票率は30.12%であり、戦後の補選における最低記録となつた。
  2 ちなみに、各候補の得票率としては、泉健太が62.76%、森夏枝が19.98%、小野由起子が6.22%、田淵正文が4.45%、大八木光子が2.16%、郡昭浩が0.35%(いづれも端数切り捨て)であつた。
 
第三 国民主権下の代議制における選挙制度について
 
 一(民意総体の縮図)
  1 日本国憲法は、第1条により国民主権を謳つてゐる。国民主権により民意総体(国民の総意)を正確に認識しうる方法は、直接民主制によることが理想されるが、近代国家は広い領土と多くの人口を持ち、複雑多様な利害関係を内包することから、直接民主制は技術的に困難であるなどの理由から、便宜的に代議制(間接民主制)が多くの国で採用され、我が国もその例外ではない。
  2 さうすると、直接民主制と同価値なものとして、民意総体の縮図が正確に代議制における議席数として反映されてゐることが必要となり、選挙制度は、そのために民意総体の縮図が議会における議席占有の構成と同等かつ同価値になるやうな制度でなければならないのである。
 二(政党優遇制度の差別性)
  1 政党は、民意と議会とを繋ぐ導管的役割であると説明されるが、世論調査の結果では常に「無党派層」(支持政党なし)が多数の比率を占める現状では、政党の役割は当初の期待に反して、もはや民意を吸収して反映する導管的役割を果たし得なくなつてゐる。
  2 そのやうな現実があるにもかかはらず、既成政党のみに有利な現行の公職選挙法及び政党助成法などによつて「政党ギルド制」が確立してをり、弱小政党や政治団体、そして、特に無所属の候補者には、「政党要件」なるものによつて政党助成金の交付は受けられず、選挙運動の態様においても既成政党と実質的に差別され、議会への新規参入が阻まれてゐる。
 三(参政権の格差と議席占有率の格差)
  1 しかも、既成政党によつてほぼ独占された議会においても、民意総体の縮図であるべき政党支持率とは大きく乖離する政党の議席占有率になつてゐるのである。
  2 これらの乖離は、選挙制度の改正によつて是正しうるものであつて、不可能なものではない。国民の参政権は、国民主権を支へる直接的に重要な権利であるから、信教の自由を含む精神的自由権を保障するための指標となる基準である「より制限的でない他の選びうる手段(Less Restrictive Alternative)の基準(LRA基準)」が適用されることは言ふまでもない。
  3 そして、選挙制度改革においては、歴史的に見ても、小選挙区制、中選挙区制、大選挙区制、比例代表制などの様々な制度の組み合はせが試みられてきたのであるから、現行の選挙制度以外に、この大きな乖離を是正しうる他の選びうる手段がないとは言へないのであるから、世論調査における政党支持率と、議会における政党議席占有率との乖離こそが、「参政権の格差」として問題となるのであつて、「一票の格差」どころの話ではない。
 四(投票率と国民主権)
  1 近年は、投票率(有権者総数に対する投票者総数との比率)が低下し続けてゐることが問題となつてゐる。その原因は、既成政党の支持率合計の低下と相関関係があり、政党公認ないしは推薦の候補者に対する不信任と、投票したい候補者が存在しない事情などによる参政権の閉塞的情況が慢性化してゐることにある。無党派層とは、政治的選択肢(党派と候補者の選択肢)がない集団であるために、投票棄権へと流れやすく、そのことが投票率の低下に直結してゐるのである。
  2 しかし、国民主権の具体的な発現が代議制の選挙にあるのであれば、少なくとも投票率が、民主主義の原理に基づいて、半数を超えなければ選挙として「信任」されたことにならないのであつて、半数以下の投票率の選挙は、そもそも国民主権の発現としては認められず無効である。法制度に最低投票率等や投票義務を定めてゐないとしても、半数以下の投票率しかない選挙は、日本国憲法の国民主権原理に照らして無効である。
  3 国民主権とは、治者(主権者としての国民)と被治者(被統治機関としての選挙人団たる国民)との自同性(同一性)が保たれてゐるのであつて、治者は主権者として被治者に対して、国民主権による選挙を全うさせるために選挙人団たる国民の保有する参政権の行使に関して投票義務を課すことは、むしろ当然の帰結であつて、投票義務を定めることは日本国憲法の要請である。
  4 すなはち、日本国憲法第12条には、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」とあり、国民主権を実効あらしめる参政権を不断の努力によつて保持し、参政権の不行使といふ濫用をしてはならないと定めてゐるからである。
  5 それゆゑ、投票義務を定めず、少なくとも過半数の投票率がない選挙を無効とする規定を定めない公職選挙法は違憲無効である。
 五(死票と投票結果価値の不平等性)
  1 また、現行の選挙制度の違憲性は、特に小選挙区選挙では、死票(落選者に投じられた票)が投票総数の過半数を超えることが宿命的に起こりうる制度である点にある。
  2 死票が過半数となる可能性のある現行の小選挙区選挙では、議会の議席占有状況が民意総体の縮図とは余りにもかけ離れたものとなり、それ自体無効である。
  3 当選者の得票率(投票総数に対する当該当選者獲得票数の比率)が過半数を割つた場合は、投票行為の価値の平等よりも優先して、投票結果の価値の平等と公平が守られなければならないのであつて、死票が過半数となる結果を招来することが必至となる小選挙区選挙の制度は、民意総体の選択からかけ離れたものとして、到底容認することができないからである。
 六(25%超基準)
  1 ロバート・ミヘルスの寡頭支配の鉄則やマックス・ヴェーバーの少数支配の原則を憲法的に容認しうるためには、過半数基準による選出を繰り返すことによつて支配者が抽出される方式によらざるを得ない。このことは、選挙制度においても同様であり、投票率が半数を超え、当選者の得票率も半数を超えることが、選挙制度の要諦となる。もし、最も多く得票した者の得票率が過半数を割り込んだ場合は、上位数名の決選投票により、過半数の得票を取得した者を当選者としなければならなくなる。
  2 従つて、決選投票を予定してゐない選挙制度にあつては、投票率が過半数となることを絶対条件とした上で、多数候補者のうち最も多くの得票した者を当選者とすることにするとしても、50%超となる投票率(a)とその者の50%以下の得票率(b)の積(a×b)が、50%超の投票率と50%超の得票率との積(25%超)以上でなければならないのである。これによつて、辛うじて多数決原理に副つたものとなり、ある程度において民意の縮図として反映し、民主制原理に適合しうると仮定できる。これが25%超基準である。
  3 そして、この基準の変形として、投票率と得票率の数値に拘はらず、その積となる絶対得票率が25%超になる場合について、これを満たすといふ基準を前提としたとしても、平成26年12月14日施行の第47回衆議院議員総選挙においては、295人の小選挙区選挙の当選者のうち、この変則的な25%超基準を満たす当選者としては、北海道第4区、同第5区、同第7区ないし同第12区、青森県第2区、同第4区、岩手県第1区ないし同第4区、宮城県第3区ない同第6区、秋田県第1区ないし同第3区、福島県第1区ないし同第3区、茨城県第1区ないし同第7区、栃木県第1区、同第3区ないし同第5区、群馬県第2区ないし同第5区、埼玉県第2区、同第4区、同第5区、同第8区ないし同第11区、同第13区、同第15区、千葉県第2区ないし同第5区、同第7区、同第8区、同第10区ないし同第13区、東京都第4区、同第8区ないし同第11区、同第13区、同第17区、同第18区、同第20区、同第22区、同第24区、同第25区、神奈川県第1区ないし同第5区、同第8区、第10区、同第11区、同第13区ないし同第15区、同第17区、新潟県第3区、同第5区、同第6区、富山県第1区ないし同第3区、石川県第2区、同第3区、福井県第1区、同第2区、山梨県第2区、長野県第4区、同第5区、岐阜県第1区ないし同第5区、静岡県第2区ないし同第8区、愛知県第2区、同第6区、同第7区、同第8区、同第11区ないし同第15区、三重県第1区ないし同第5区、滋賀県第1区ないし同第3区、京都府第2区、同第5区、大阪府第3区、同第5区、同第6区、兵庫県第4区ないし同第6区、同第8区ないし同第10区、奈良県第1区ないし同第4区、和歌山県第2区、同第3区、鳥取県第1区、同第2区、島根県第1区、同第2区、岡山県第1区ないし同第5区、広島県第1区ないし同第7区、山口県第1区ないし同第4区、徳島県第1区、同第2区、香川県第2区、同第3区、愛媛県第1区、同第4区、高知県第1区、同第2区、福岡県第3区ないし同第8区、同第11区、佐賀県第1区、同第2区、長崎県第2区ないし同第4区、熊本県第2区ないし同第5区、大分県第1区ないし同第3区、宮崎県第1区ないし同第3区、鹿児島県第2区ないし同第5区、沖縄県第2区ないし同第4区の当選者の計199人に留まる。
  4 しかも、そのうち、青森県第2区、宮城県第4区、同第5区、福島県第2区、栃木県第1区、同第4区、同第5区、群馬県第2区、埼玉県第2区、千葉県第5区、東京都第13区、富山県第1区ないし同第3区、石川県第2区、福井県第1区、岐阜県第1区、同第2区、大阪府第3区、同第5区、同第6区、兵庫県第4区、同第8区ないし同第10区、岡山県第1区、同第2区、広島県第1区、同第3区、同第4区、同第7区、徳島県第1区、同第2区、香川県第3区、愛媛県第1区、高知県第1区、福岡県第6区、同第7区、熊本県第2区、宮崎県第1区、同第3区、鹿児島県第2区の当選者の計42人については、その投票率が過半数に達してゐないために、そもそも当選は無効である。
  5 従つて、小選挙区選出議員295人のうち、少なくとも当選無効と認識されるのは138人であり、それは小選挙区選出議員総数の約46.78%に達してをり、現行の選挙制度は、まさに死票を大量に発生させ、しかも、25%超基準ですら満たし得ない欠陥制度であることが明らかである。
  6 また、前掲総選挙における京都府第3区でも、投票率は49.2%であり、それ自体無効の選挙であつて、当選者の宮崎謙介の得票率は35.8%、復活当選者の泉健太の得票率は33.1%であつて、いづれもこの25%超基準を大きく割り込んでゐる(宮崎は17.6%、泉は16.2%)。
  7 しかも、本件選挙においては、投票率は30.12%であり、代議制における議決の場合に要求される議事定足数の3分の1基準からしても、大きく割り込んだものである。日本国憲法第56条第1項には、「両議員は、各々その総議員の三分の一以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない。」とあり、この議事定足数は、総国民で構成する選挙人団の行為(選挙)の投票率と同様のものであるから、それすらも下回つた本件選挙は、同条項の類推適用によつて無効である。
  8 ちなみに、本件選挙における当選者とされた泉健太は、平成26年選挙で選挙区選挙で落選したものの比例区重複立候補によつて復活当選をしながら、あへて衆議院議員の地位を辞職し、本件選挙に出馬して再び衆議院議員となつたのであるから、明らかに被選挙権の濫用であつて、この点においても本件選挙は無効である。
  9 また、泉健太の得票数は、65,051票であり、投票総数103,647票の62.76%の得票率となり、得票率としては過半数であるが、25%超基準によれば、投票率30.12%の積が18.9%であつて、大きく下回るもので、当選は無効である。
 七(補欠選挙の違憲性)
  1 本件選挙は、公職選挙法に基づく補欠選挙であるが、補欠選挙は、本選挙と同価値でなければ、選挙の平等性を欠く。
  2 前述したとほり、総選挙では、小選挙区選挙と比例区選挙とが不可分一体して施行されたのであるから、本件選挙のやうな補欠選挙においても、限定的にでも比例区選挙に対応した制度保障がなければならないのであつて、その制度の不備は、選挙の平等を欠くもので無効である。
 
第四 結語
 
  よつて、前記第三で主張した各理由により、本件選挙は無効であるので、本訴訟を提起した次第である。
 
添付書類
 
一 訴状副本                    1通
一 訴訟委任状                   1通
当事者目録
 
〒612-     京都市伏見区(以下省略)
        原  告      吉   岡   由 郁 理
 
〒604-0093   京都市中京区新町通竹屋町下る徹ビル2階(送達場所)
        電話 075−211−3828
        FAX 075−211−4810
        上記原告訴訟代理人
         弁 護 士    南   出   喜 久 治
 
〒602-8570    京都市上京区下立売通新町西入薮ノ内町
        被  告      京都府選挙管理委員会
        上記代表者委員長  梅   原       勲