自立再生政策提言

トップページ > 自立再生論02目次 > R01.07.01 第百二十六回 自存自衛の道 2/6/p>

各種論文

前の論文へ | 目 次 | 次の論文へ

連載:千座の置き戸(ちくらのおきど)【続・祭祀の道】編

第百二十六回 自存自衛の道 2/6

ひのやまの はいのおほひし あれとちに かてをみづから つくるさきもり
(火の山の灰の覆ひし荒れ土地に糧を自ら作る防人(ラバウル要塞))


【世界戦略】


地政学的見地による世界戦略は、カール・エルンスト・ハウスホーファーのパン・リージョン理論が嚆矢とされる。これは、世界を4つのブロックに分け、軍事戦略と勢力均衡を企てたものである。

このやうな視点から、これまでも、そして、現代においても、いくつかの世界戦略が語られてきた。最近に語られたものとしては、次の3つがある。


1 安倍晋三のダイヤモンド構想(Asia's Democratic Security Diamond)

これは、平成24年12月27日付け国際NPO団体プロジェクトシンジケートに掲載された英語論文)によるものであり、大東亜共栄圏の変形構想と言へる。しかし、大東亜共栄圏構想は、中東の石油に依存せず、インドネシアなどの石油資源の確保を想定してゐので、ホルムズ海峡を防衛圏としなかつたが、中東の石油に依存してゐる現代の我が国では、このダイヤモンド構想には、ホルムズ海峡を防衛圏に入れてゐない点において致命的な欠陥があつた。


2 習近平の一帯一路構想

これは、モンゴル帝国の版図の拡大構想と言へるものである。これは、平成26年11月10日に北京市で開催されたアジア太平洋経済協力首脳会議で、習近平が提唱した経済圏構想である。これには、当然のやうにホルムズ海峡、マラッカ海峡などを防衛圏に含めてゐる。


3 安倍晋三の「自由で開かれたインド太平洋戦略」(FOIPS)

これは、2の構想が出現したことから、1の欠陥を是正するために、平成28年8月、ケニアのナイロビで開催されたアフリカ開発会議の基調演説において安倍晋三が提唱したものである。FOIPSは、一帯一路構想に対抗するものとして、①法の支配、航行の自由等の基本的価値の普及・定着、②連結性の向上等による経済的繁栄の追求、③海上法執行能力構築支援等の平和と安定のための取組を「三本柱の施策」と定め、これらに基づく政策の実行によつて地域全体の平和と繁栄を確保することをその目的とすると説明されてゐる。そして、米国は、翌平成29年11月のアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議におけるトランプ大統領演説と同年12月に発表された国家安全保障戦略において、FOIPSを明確に支持したのである。


【防衛の態様】


これらの戦略構想は、火器による戦争のためではなく、貿易戦争(経済戦争)のためのものである。そして、究極的には、陸、海、空、サイバー、宇宙の領域において絶対的な軍事的優位に立たうとする軍拡競争と集団的安全保障のためのものである。

軍事的優位による圧力によつて、経済戦争に勝利する。かつての「砲艦外交」と同じ手法なのである。


火器を用ゐる戦争は、軍事的に制圧することを目的とするが、それだけに勝利したとしても真に勝利したことにならない。報復戦争を企てさせないために、相手国の領土を奪取することなどによつて資源等を支配下に置き、相手国の国力を削ぐことにある。

そのためにも、戦争前に、戦争遂行能力を高めるためにも、自前で資源等の確保が必要となつてくるので、そのために戦略構想が必要となるが、それには次のやうな課題がある。


1 資源等の確保

資源等が地域的に遍在してゐることが紛争の原因であり、その争奪戦争が国際紛争の主原因であるので、軍隊の存在意義は、国土の保全と資源等の確保のためにある。ロシアはハートランドとされるが、北極海航路が恒常的に開設されれば、シベリアの資源等を活用するシーパワー国家に変容する可能性を秘めてゐる。そのため、現在の地政学的な固定観念としての、ハートランド国家とシーパワー国家といふ単純な区別では説明できない。将来を見据ゑて、陸、海、空、サイバー、宇宙の各領域を防衛する能力の有無と程度の分析と予測をする必要がある。


2 チョークポイント、シーレーンの防衛

資源等が遍在してゐるがゆゑに、資源等がない国、不足してゐる国は、輸入貿易に頼らざるをえなくなる。そして、輸送コストの見地から、今のところ海路によることになるが、それには、地球上の地形的制約からして、チョークポイント(スエズ運河、ホルムズ海峡、マラッカ海峡、パナマ運河、ニカラグア運河、ホーン岬など)の防衛を考慮しなければならない。


このうち、運河に関しては、このやうなことがある。

中共は、ニカラグア(オルテガ政権)は反米政権であることに目を付けて、平成25年(2013)、香港系中共企業に運河の建設権と100年間の運営権を獲得し、令和2年(2020)を完成予定としてゐた。

ところが、平成29年(2017)6月、ニカラグアと同様に中共と国交のなかつたパナマが、中華民国(台湾)と断交し、最大の港であるパナマ運河に近いマルガリータ島港の運営権を、99年間の契約で中共企業に与へたことにより、ニカラグア運河の重要性は中共にとつて低下した。そして、平成30年(2018)2月、ニカラグア運河の建設が中止されたといふ報道がなされたのである。


いづれにしても、世界各地、とりわけ太平洋支配のために、南シナ海や東シナ海に力による領海拡大を強引に押し進める中共と、それに東南アジア諸国も取り込まれてきた現実からすれば、このやうなチョークポイントの防衛は勿論重要であるが、我が国では、地政学的に見て、単なる点と点を個別に防衛すれば足りるのではない。

たとへば、石油を我が国が中東から輸入することが不可欠な状況では、海路において、ホルムズ海峡とマラッカ海峡だけではなく、ペルシア湾からインド洋、マラッカ海峡を経て南シナ海、東シナ海を経て我が国に至るまでの長いシーレーンを防衛しなければならないのである。


3 ABC兵器の防禦

そして、最も重視しなければならないことは、ABC兵器に対する防禦である。

A(核兵器)、B(細菌、ウイルス)、C(化学剤)を使ふ大量破壊兵器の開発とその防禦とは不可分一体のものであり、開発技術と防禦技術とは、コインの裏表なのである。

我が国では、核アレルギーによつて、開発は勿論のこと、防禦研究すら禁忌する傾向があるが、これでは無条件降伏してゐるに等しいのである。


4 Aディフェンス

Aディフェンスについては、戦時における核攻撃は勿論のこと、原発が攻撃目標になることを想定しなければならない。原発の破壊によつて、放射能汚染被害と電源喪失被害の二重の被害に見舞はれることになる。

しかし、そのディフェンスのためには、事故の処理と放射能の無害化のための原子力研究機関を充実させなければならないが、我が国では、いまや原発反対運動の煽りを喰つて、優秀な研究者が集まらないので先細りの状況にある。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとすることによつて、我が国は最も無防備で危険極まりない状況に置かれてゐる。


5 BCディフィンス


731部隊の研究成果をアメリカが独占し、我が国に対し、核兵器開発は勿論、BC兵器の開発を絶対に阻止するのがアメリカの方針であつた。ソ連(ロシア)や中共、それに北朝鮮では、いまでも人体実験を行つて研究開発してゐると思はれるが、国際条約上はそのやうなことは当然に許されない。さうであれば、医学部でのマウスなどの小型動物で実験をしたとしても、中型動物である人間への影響などについて精密かつ正確なデータが得られない。そのためには、どうしても、人間に近い、牛、馬、豚などの中型動物を対象とする獣医学での研究が必須となる。


アメリカは、そのやうな視点から研究を行つてゐるが、もし、我が国にそれを許したら、731部隊の生き残りや後継者によつて、獣医学部を拠点として研究開発が再開することの懸念から、文部省(文部科学省)に命じて、これまで獣医学部の新設・増設を禁止してきたのである。


ところが、オウム真理教によるサリン事件、イラク、シリアでの毒ガス使用、北朝鮮による金正男暗殺事件などの衝撃から、ペンタゴンとCIAはこれまでの政策を転換せざるを得なくなり、我が国に、獣医学部の新設、増設をさせて、BCディフェンス研究をさせる方向へと舵を切ることになつた。


しかし、その方向に副つた獣医学部新設に関して、いはゆる加計学園問題といふ形で、首相のスキャンダル事件のやうに矮小化されてしまつた。


いづれにせよ、ABCディフェンスは、国家にとつて最も重要な課題である。特に、ABC兵器を保有しない我が国では、その保有国以上にディフェンス研究をしなければならないのである。


ところが、我が国の与党も、ましてや野党は、このABCディフェンスの重要性を指摘しなければならないにもかかはらず、決してそれをしない。この領域に踏み込めば、「防衛」に関する真摯な検討が必要となるために、我が国を丸腰にさせて無防備で危険にさらす亡国的意図を持つた者たちによつて、この議論が全くなされずに今日に至つてゐる。

南出喜久治(令和元年7月1日記す)


前の論文へ | 目 次 | 次の論文へ