國體護持總論
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國際系法令の國内系への編入

一般に、國際系に屬する法令(條約)を國内系に屬する法令(憲法、法律など)へ編入する場合には、次の二つの方式があるとされる。一つは「立法方式(變型方式)」であり、他は「承認方式(一般的受容方式)」である。前者は、國内法秩序への編入のためには、條約を法律へと變型させるための立法措置を必要とするものであるのに對し、後者は、立法措置までを要求せず、議會その他の政府機關の承認で足るとするものである。我が國は、前記のとほりの時際法的處理として立法方式を採用してゐたことになる。

しかし、このことは、現在、占領憲法第九十八條に關する議論として、一元論か二元論か、そして、國内法秩序への編入についての立法方式(變型方式)か承認方式(一般的受容方式)といふ議論とは無縁であることに注意しなければならない。ここで問題にしてゐるのは、その占領憲法自體を受容する場合の議論であり、次元を全く異にするものだからである。つまり、占領憲法施行時と桑港條約發效時においては、一元論や承認方式(一般的受容方式)によらず、紛れもなく、二元論と時際法的處理を採用して國内法秩序への編入がなされたのであるから、占領憲法施行後での議論をここで持ち出して混同させることはできないのである。

從つて、我が國が獨立に際して立法方式の時際法的處理をしたことは、次の二つのことを明確にしたことになる。すなはち、第一に、我が國が立法方式を採用してゐたことは、國内法と國際法とは別個の法體系であり「二元論」に立つてゐたこと、そして、第二には、非獨立占領下に制定された一切の法令については獨立回復後に時際法的處理を行ふ必要があるとしてゐたこと、の二點である。

このやうな捉へ方に對しては、前記のやうな時際法的處理は、あくまでも占領下の國内系の法令を獨立回復後の法令としての效力を認める否か、認めるとしてもどのやうな法令として認めるのか、といふ國内系の法令に關する處理であつて、國際系の法令を國内法秩序に編入するといふ性質のものではないといふ批判が考へられる。確かに、法形式からすれば、獨立回復時を境にして、國内系の法令をこれと同じ法令として確定させ、あるいは他の法令に轉換させる手續であるから、そのやうな批判がありうることは一應理解できる。しかし、もし、國内系の法令同士の問題であれば、獨立回復前と雖も、最高法規である占領憲法施行後に、改めてそのやうな處理がどうして必要なのかといふ再批判にどう應へることができるのだらうか。

しかも、一般に言はれてゐる國際系の法令の國内系への編入といふのは、その編入の前後において國家が連續して「獨立」を維持してゐる場合に適用される論理であつて、非獨立状態から獨立状態へ移行する際になされる場合までを全く想定してゐないからである。

我が國には、これまで、①入口條約(ポツダム宣言の受諾、降伏文書の調印)締結前、②入口條約締結後、占領憲法制定前、③占領憲法制定後、占領憲法施行前、④占領憲法施行後、桑港條約締結前、⑤桑港條約締結後、桑港條約發效前、⑥桑港條約發效後(獨立後)といふ六段階を經てきたが、このうち、前記の時際法的處理がなされた法令は、②から⑤までの段階で制定された法令といふことになる。

假に、占領憲法が最高規範としての憲法として有效であれば、それは④の段階で突然有效となるのではなく、③の段階の始期(占領憲法制定時)から適法に成立してゐなければならず、③の期間に成立した法令は、占領憲法に準據したもののはずであるから、時際法的處理は全く不要のはずである。嚴密には、この③の期間は、占領憲法が成立したものの、施行前であることから、その效力の發效前、つまり、成立未發效の状態であるが、現に、③の期間には、占領憲法の施行を前提として、占領典範、内閣法、參議院議員選擧法、請願法、衆議院議員選擧法、教育基本法、學校教育法、日本國憲法施行の際に現に效力を有する命令の規定の效力等に關する法律、應急的措置法(民法、民事訴訟法、刑事訴訟法)、國會法などが公布され、第一回參議院議員選擧、第二十三回衆議院總選擧が實施され、さらに、樞密院、皇族會議、皇室典範、皇室典範增補、樞密院官制、皇室祭祀令などが廃止されてゐるのである。いはば、占領憲法の施行を先取りして立法方式によつて處理されてゐることからして、事實上の施行の前倒しがなされたかの如くである。

ましてや、④の段階以後(占領憲法施行後)の法令では、時際法的處理をすることはありえないはずである。最高規範として占領憲法が存在してゐるのであれば、獨立の有無にかかはりなく、④の段階以後の法令を改めて時際法的處理をすることは明らかに矛盾がある。

また、②の段階で成立した法令についても、この段階では既に「國民主權」が確立してゐたから占領憲法の制定に至つたとする見解もあるので、これによれば、國民主權の下で成立した②の段階の法令もすべて有效であることになり、これについても時際法的處理は不要になる。

また、占領憲法が最高規範としての憲法として有效であれば、獨立の前後で最高規範性に變化はなく、⑥の段階で時際法的處理をすることも全く不要である。それゆゑ、時際法的處理がなされたこと自體が、國民主權と占領憲法がいづれも有效であることと矛盾することになるので、つまるところ、國民主權も占領憲法もいづれも無效であつたことを背理法によつて證明されたことにもなるのである。

そして、もし、④の段階と⑥の段階において、國内法であつても時際法的處理が必要であるのであれば、それは國内法秩序の根幹となる「憲法」についても時際法的處理が必要となるはずである。大(憲法の時際法的處理)は小(法令の時際法的處理)を兼ねることはあつても、その逆はありえない。少なくとも⑥の段階(獨立時)において、帝國憲法から占領憲法への改正移行といふ正式な時際法的處理が必要であるにもかかはらず、それがなされてゐないのである。これも占領憲法が無效であることの傍證になるとともに、講和條約として評價された國際系に屬する占領憲法(東京條約、占領憲法條約)の國内系への編入がなされるための要件である時際法的處理もなされてゐないので、正式かつ完全な意味で講和條約としての占領憲法の效力は、未だに發效してゐないのである。つまり、私見によれば、占領憲法は憲法として無效であるが、無效規範の轉換によつて講和條約の限度で轉換成立し發效したと評價されることになるものの、そのことだけで當然に國内的秩序へ編入されることにはならないといふことである。

見方を變へると、占領統治下に制定された法令及び國際系法令の國内系への編入に關して、我が國は、立法方式(變型方式)によつて時際法的處理を行つてきたので、その處理がなされてゐない法令は、その反射的效果として、原則的には「失效」したとも考へられる。


このことを前提とした上で、桑港條約第十九條(d)の規定を檢討してみることが必要となつてくる。この規定によれば、「日本國は、占領期間中に占領當局の指令に基いて若しくはその結果として行われ、又は當時の日本國の法律によつて許可されたすべての作爲又は不作爲の效力を承認し、連合國民をこの作爲又は不作爲から生ずる民事又は刑事の責任に問ういかなる行動もとらないものとする。」とある。

これは、連合國民の「免責」に主眼を置いた條項であるが、占領期間中に占領當局の「指令」に起因した「すべての作爲又は不作爲の效力を承認」するとの點が含まれてゐることについての解釋が重要となる。

この「指令」に基づいたものの最たるものは占領憲法であるが、これについては具體的に明記されてゐないので、含まれてゐるとみるか、含まれてゐないと見るかについては定かではない。しかし、實質的には含まれてゐるとしても、これが含まれてゐると解釋することは、「占領當局」が、憲法改正義務を認めてゐないポツダム宣言及び降伏文書の規定に違反したことを認めることになるのである。さらに、ヘーグ條約の條約附屬書『陸戰ノ法規慣例ニ關スル規則』第四十三條(占領地の法律の尊重)の「國ノ權力カ事實上占領者ノ手ニ移リタル上ハ、占領者ハ、絶對的ノ支障ナキ限、占領地ノ現行法律ヲ尊重シテ、成ルヘク公共ノ秩序及生活ヲ回復確保スル爲施シ得ヘキ一切ノ手段ヲ盡スヘシ。」との規定に違反した行爲があつたことを公表することになり、この桑港條約第十九條(d)自體が無效(一部無效)となつて、免責が受けられなくなるといふジレンマが生ずることになる。それゆゑ、この「承認」されるものの中には、占領憲法が含まれると解釋することはできないのである。


ところで、桑港條約の發效までに、占領下での占領憲法以外の法令は概ね國内系の「法律」によつて時際法的處理がなされたのであるから、その國内的な「效力」を國際系の桑港條約によつて「承認」するといふことは本來はあり得ない奇妙な話なのである。これは、内政干渉的な「承認」といふことになるが、いづれにせよ、「法律によつて許可された」以外のものには承認の效力は及ばないといふ意味であることに疑ひはない。そして、その承認の效力が及ばないものの中に、講和條約に轉換された占領憲法(東京條約、占領憲法條約)があるといふことである。/p>

勿論、占領憲法は、帝國憲法の改正法として、あるいは、それ以外のいかなる意味においても憲法としては無效であることは前章で述べたとほりであるが、もし、占領憲法が憲法であるとすれば、國内系の憲法を國際系の桑港條約で「承認」すること自體が法理論上はありえない。この場合の「承認」とは、國際系における承認であり、國内系での承認とは異なる。帝國憲法改正行爲の「承認」(追認)を意味するとすれば、それは國内系での承認であるから、あくまでもそのやうなことについては、帝國憲法第七十三條の手續を獨立回復後に再度履踐することを必要とするものであつて、桑港條約によつて承認できるものではなく、そのやうなことをしても有效に追認されるものでもないことはこれまで述べたとほりである。

さうすると、占領憲法(東京條約、占領憲法條約)以外のすべて法規範について時際法的處理がなされたものの、占領憲法(東京條約、占領憲法條約)についてのみ未だに立法方式によつて講和條約としての時際法的處理がなされてゐないことからして、憲法として無效であることは勿論のこと、それ以上に、講和條約の國内的效力を當然には認めることができないといふ結論に至る。つまり、占領憲法は、講和大權によつて講和條約として轉換成立したものと評價され國際系の講和條約としては效力を發效したとしても、未だ國内系として國内法秩序へ正式かつ完全に編入されたことにはならない。


しかし、占領憲法(東京條約、占領憲法條約)の時際法的處理がなされてゐないことから正式には國内法的受容がなされてゐない状態であつたとしても、占領憲法が「事實たる慣習」としてこれまで國内において事實上運用されてきたことを否定することはできない。つまり、「事實たる慣習」として認められることに疑ひはない。しかも、その内容が憲法事項に關するものであることから、「事實たる憲法的慣習」といふことになる。そして、それが、法的容認、つまり、法源(法の存在形式)として認識されること、すなはち、「法たる慣習」(慣習法)にまで昇格されたか否かが次の問題となる。そして、もし、これが慣習法として認められるのであれば、それは「憲法的慣習法」といふことになる。ところが、講和大權によつて締結されたと評價しうる占領憲法(講和條約)は、帝國憲法の條項を含むものであることから、それが帝國憲法の下位法令として、帝國憲法の根本規範に抵觸しない限度で有效と評價された事項については、憲法的慣習法として認めることができるが、それ以外は、「違憲の慣習」として、「事實たる慣習」に留まるといふことになる。

それゆゑ、講和條約として轉換成立したと評價できる占領憲法の國内的な反射的效力である慣習運用については、これを一括りにしてすべてを「憲法的慣習法」として認めることはできないとしても、以後においては、時際法的處理がなされてゐない占領憲法(講和條約)の國内的な反射的效力を便宜的に「憲法的慣習法」と呼稱することにする。

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