
![]()
皇紀2670年(平成22年)5月のおうた

あまつやまとうた
あまつくにから ゐをこえて
よひぬちふゆる やそわせも
うゑねとほさへ すめろきは
たむけいのりし おんみなれ
詠み人 南出喜久治
皇紀2670年(平成22年)5月のおうた
~あまつやまとうた その四
あまつくにから ゐをこえて よひぬちふゆる やそわせも
うゑねとほさへ すめろきは たむけいのりし おんみなれ
(天津国から居を越えて夜昼ぬち殖ゆる八十早稲も植ゑね(根)と穂さへ天皇は手向け祈りし御身なれ)
今回は、「あまつうた」の最後の第七句と第八句の「たむけいのりしおんみなれ」です。
た たひらかど そのなにたがふ ふそろひの いきほひえしが やすらかをえず
(平門(平氏一門)その名に違ふ不揃ひの勢ひ(権勢)得しが安らか(自由)を得ず)
(番外)たからかに うまざけたむけ まつりけむ たけしをのこを たうめにみしや
(高らかに美酒手向け奉りけむ猛しを男の子を専に見しや)
む むすひかみ さゞれのいしを むすひして いはほとなすは たふときしわざ
(産霊神 細れの石を 産霊して 巌と成すは 尊き為業)
け けがれなき こゝろをたもつ すべいかに たづぬるぬしは こゝろなりけり
(汚れなき 心を保つ 術如何に 尋ぬる主は 心なりけり)
い いつのひか おやとまみゆる ときあらば ちかごとはなる ゆるしこはまし
(何時の日か 親と見ゆる ときあらば 誓言放る 許し請はまし)
いさかひの はてにちぎりし すぎはひは おやのまつりと まほらまとなり
(諍ひの 果てに契りし 生業は 祖先祭祀と 眞秀玉なり)
いたましき あまたのひとを たすけゝる さかしらひとの おやはいかにか
(痛ましき 數多の人を 助けゝる 賢しら人の 祖は如何にか)
の のちのよの まごゝのさきを のぞむなら わがみころして なさけつらぬけ
(後の世の 孫子の幸を 望むなら 我が身殺して 情け貫け)
り りんとなる すゞのおとたま ふれひゞく めでたきしるし かぜそよぎけり
(リンと鳴る 鈴の音霊 振れ響く 愛でたき印 風戦ぎけり)
し しきしまの やまとことたま うちふれば かみことほぎて くにぞさきはふ
(敷島の 大和言霊 打ち振れば 神言祝ぎて 国ぞ幸はふ)
お おやこまご たちかはりたる よゝやから かはらぬものは いへのとこしへ
(親子孫 立ち替はりたる 代々家族 変はらぬものは 家督の永遠)
おほあした やまのはのぼる あさひこを すめらとあふぎ なみだあふるゝ
(元朝 山の端昇る 朝日子を 皇と仰ぎ 涙溢るゝ)
おやかみを いつくこゝろの まめしさは やまとこゝろの まなかにそびゆ
(祖神を 斎く心の 忠実しさは 大和心の 真中に聳ゆ)
おやまつり すてゝすくひを もとめても しゝこらかせし こちたきくらし
(祖先祭祀 捨てゝ救ひを 求めても 縮凝らかせし 言痛き暮らし)
ん んのかなは むとぬとにとが うつろひて ことうけしたる うんのことたま
(「ん」仮名は「む」と「ぬ」と「に」とが移ろひて言承けしたる「うん」の言霊)
み みをすつり たからすつりし よすてひと なさけすつるも たまなすつりそ
(身を捨つり 宝捨つりし 世捨て人 情け捨つるも 霊(たま)な捨つりそ)
な なゝそまり むをちのすめの いつくしき のりしろしめす とこしへのみよ
(七十余六条の皇国の稜威奇しき法(大日本帝国憲法)知ろし召す永代の御代)
れ れきとよび これそれあれと どれをわく まぎらかしきは ことたまのわざ
(「れき」と呼び 此れ其れ彼れと 何れを分く 紛らかしきは 言霊の技)
過去のおうた一覧
皇紀2670年
・ 5月 「あまつやまとうた その四」
・ 5月 「あまつやまとうた その三」
・ 5月 「あまつやまとうた その二」
・ 5月 「あまつやまとうた その一」
・ 1月 「あまつうた」
皇紀2669年
・ 9月 「くにからのうた」
続き
皆さまからの「おうたご紹介」
準備中
続き
皆さまからの「おうた」を募集中
「まほら日本」を詠む、今月のおうたコーナーでは、皆さまからのおうたを
募集いたしております。お送り下さりましたおうたは、当ページにてご紹介
させていただきたいと思いますので、ぜひ「まほら日本」を詠んだおうたを
お送りください。おうたの送信ページはコチラです。

