國體護持總論
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著書紹介

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戰犯について

桑港條約は、我が國が東京裁判などの軍事裁判を講和の條件として受諾して獨立を得たことからして、これをも強迫によつて締結されたものとして全部無效とすることは我が國の獨立を否定する結果ともなりうる。それゆゑ、獨立の條件とされた「裁判の受諾」を定めた桑港條約第十一條も依然として有效であるとすること自體には、殆どの人は異論がないはずである。

つまり、東京裁判が罪刑法定主義などに違反して、「裁判」としては「無效」であるとしても、それを獨立の條件として受諾した桑港條約第十一條は紛れもなく「有效」である。そして、この第十一條の國内的效力において、前に述べたとほり、ここで裁かれた「戰犯」を復權させる措置がとられたので、これにより戰犯は復權したと評價されるとする見解(復權説)に立つたとしても、それは國内系にとどまり、國際系としての效力を有しない。しかも、世界に向かつて、これまで後藤田官房長官談話や村山談話などにより桑港條約第十一條を肯定した政府聲明がなされたことからすると、この表明は、國内系と國際系の雙方に對してのものであることから、國内系における復權の效力にも影響が出てくる。

昭和六十一年、中曽根康弘内閣の後藤田正晴官房長官は、「東京裁判についてはいろいろな意見があるが、日本政府はサンフランシスコ對日平和條約で、東京裁判の結果を受諾してゐる。」とし、我が國政府が東京裁判史觀に基づく歴史解釋をとらざるを得ないのは、條約によつて法律的に拘束されてゐるからだ、との見解を表明した。そして、これ以後、細川首相談話(平成五年八月十日)、衆議院戰爭謝罪決議(平成七年六月九日)、村山首相談話(同年八月十五日)などを經て現在までの内閣は同樣の見解を表明して今日に至つてゐることからして、未だに戰犯は復權してゐないとする見解(未復權説)は、この有權的解釋を根據として主張するのである。

このやうな見解が依據する歴史觀は、自國の歴史の負(陰)の部分をことさら強調し、正(光)の部分を過小評価するといふ意味で、一般に「自虐史觀」と呼ぶが、このやうな歴史觀を「自虐史觀」と命名することは用語例からしても適切とは思はれない。「自虐」といふのは、自らを責め苛む自戒の根底に自己の向上を目指す完璧主義や潔癖主義といふ精神の葛藤があるはずであるが、これらの一連の見解は、現状からの脱却を志向するやうな向上心といふものが全くなく、無批判に盲從することに快感すら抱くのである。連合國を絶對神と仰ぎ、そのお告げが占領憲法であり桑港條約であり、中韓などを絶對神の使者と信じる奴隷道德(ニーチェ)に支配されてゐるものであるから、「奴隷史觀」ないしは「自卑史觀」と呼ぶに相應しい。また、占領憲法に向き合ふ姿勢について言へば、似非護憲論(改正反對護憲論)こそが「奴隷史観」に基づくものである。そして、我が國の歴史の正(光)の部分をある程度は正當に評価しつつも、それでも占領憲法を有效である自虐的に捉へ、これを改正することしかないと諦めてゐる似非改憲論(改正贊成護憲論)こそが「自虐史観」の名に相應しいはずである。

ともあれ、この未復權説に對し、復權説は、桑港條約第十一條の「裁判を受諾」の「裁判」とは「judgments」の誤譯であり、「諸判決」の意味であるとする。つまり、「裁判」は「trial」であり、「judgment」の譯語は「判決」であつて、しかもその複數形であるから「諸判決」であるといふのである。GHQによる軍事法廷は、東京以外にも、横濱、上海、マニラなど世界四十九か所で開かれ、法廷數も複數で、判決數も被告人數に對應するので當然に複數である。それゆゑ、これを「諸判決」であるとするのは當然のことである。このことから、復權説は、「諸裁判」全體に拘束力があるのではなく、「諸判決」のみに拘束力があるだけで、これは我が政府による「刑の執行の停止」を阻止することを狙つたに過ぎないものであるとの從來通りの見解を繰り返すだけで、未復權説が主張する樣々な論據や政府聲明等の效力に對して全く反論できないでゐる。これは、奴隷史觀や自卑史觀とは異なり、これからの脱却を目指す志向はあるが、自己滿足だけで世界が見えゐない井の中の蛙の「狹窄史觀」といふべきものである。

しかも、復權説によると、桑港條約第十一條は、「裁判を受諾し、且つ、・・・刑を執行するものとする。」とあり、「刑を執行するために裁判を受諾する」ではなく、「裁判(諸判決)の受諾」と「刑の執行」とは竝列的に受容してゐるものであるから、この「裁判(諸判決)の受諾」の意味が「刑の執行の停止」を阻止することを狙つたに過ぎないものであると一義的に解釋できるとの主張にも疑問がある。

ましてや、この「裁判」の意味が「諸判決」だと理解したとしても、「判決」のどの點を受諾し、それにはどのやうな拘束力があるといふのか、といふことについて復權説は答へることができてゐない。判決には勿論「判決理由」があるので、判決の「主文」だけに拘束力があり、その「理由」には一切拘束力がないとは言へない。刑事事件の判決が確定すると、同じ事件について再度蒸し返されて実體審理されたり、二重に處罰されないといふ「一事不再理の原則」と「二重處罰の禁止の原則」の關係で、事件の同一性といふことが議論される。つまり、その裁判で認定された犯罪事実の有無についての判斷に拘束力があるといふことである。これが刑事判決の「既判力」である。犯罪事実の有無とその内容が確定するのであるから、「裁判」を受諾しても「諸判決」を受諾しても、「既判力」としては犯罪事実の存在が確定されるのであるから、この「誤譯論爭」だけで決着がつくものではない。しかも、少なくとも「有罪」であるとする判決は確定してゐるのである。また、東京裁判は、一審のみの裁判で、すでに死刑判決を含めて確定してをり、このままでは再審により判決を覆すこともできない。判決を覆すのであれば、何らかの手續や宣言が必要となるが、それが全くなされてゐないのである。從つて、我が政府の公的解釋である未復權説の表明がなされ續けてゐることからして、この「受諾」は、一回的な「受諾」ではなく、「受諾し續ける行爲」であると解釋する未復權説は、學理解釋においても説得力を持つてくる。このやうな状況では、學理解釋においてもまさに平行線であつて、復權説は、公的解釋の地位を得た未復權説の前に常に敗北し續けてきたことになる。その結果、A級戰犯のみならず、BC級戰犯もまた、未だ國際的には名譽回復がなされず、依然として「戰犯」のままとなつてゐるのである。

從つて、國内系だけの議論をして、井の中の蛙とはならず、「然諾を重んず」る我が國の道義を貫いて、次に述べる根據と方法により、少なくとも桑港第十一條の破棄通告をなし、あるいは再審請求を求める聲明を出すなどして、國内系においても國際系においても、戰犯と呼ばれたすべての人々の復權を確定させることしか道はないのである。

眞の意味で我が國が國際的に復權を果たすためには、桑港条約第十一條の破棄通告をなし、A級戰犯のみならず全ての戰犯の名譽回復がなされなければならないのである。

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