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連載:千座の置き戸(ちくらのおきど)【続・祭祀の道】編

第四十五回 京都市長選挙

さむぞらに あつくかたりて もろひとの こころにたねを まくこともがな
(寒空に熱く語りて諸人の心に種を播くこともがな)


私は、2月7日の京都市長選挙に完全な無所属として出馬した三上隆氏の選対本部の総指揮として選挙戦を戦ひましたが、結果は惨敗でした。

私は、これまで所属した党派を異にしたものの、三上隆氏とは私が未成年のころからの交流で育まれた信義からこれを引き受けたものの、支持組織を持たない選挙は初めてで、全く未知の荒野を進んだのです。


前回の選挙も、非共産vs共産の図式であり、僅差で非共産が勝利したことから、今回において第三極(京都党、維新の会)が候補を擁立すると、伸張目覚ましい共産党の候補が当選して共産市政が誕生するとの危惧もありました。


しかし、第三極が候補者を擁立した場合は、その結果が生まれた可能性が高いと思ひましたが、私たちは、三上隆氏の出馬によつて共産市政が誕生する結果になるとは決して思ひませんでした。三上陣営では、既成政党では絶対に真似のできない公約を打ち出し、徹底的に共産党の欺瞞を指摘して、共産党のお株を奪ふ「平和」を主張したからです。


前々回の選挙では、非共産vs共産の図式に政党の支持のない無所属が2人出て、非共産と共産とが激戦の末、僅差で非共産が勝ちましたが、政党の支持のない無所属2人が得た票は、既成政党に反対する支持政党なしの得票数を三上氏の基礎票と捉へて、これにどの程度上積みすることができるかといふ目論みでしたが、結局は、見事にその皮算用が外れて惨敗したものの、現職(非共産)は、共産にダブルスコアで圧勝するといふ結果でした。この原因は一体何であつたかといふ点が最も重要な選挙総括なのです。


三上氏の敗因は、「天皇陛下に京都にお戻りいただき、京都を日本の首都にする」といふ壮大なる中心公約が京都人に受け入れられなかつたのではなく、三上氏が85歳の後期高齢者であつた点にあつたと思ひます。


京都人の矜持は、東京遷都の詔が出されてゐないので、いづれ明治天皇が京都にお戻りいただくといふといふもので、これを踏まへての壮大なロマンを公約に掲げたのは、三上氏が初めてなのであり、このことに対する潜在的な支持は多いのですが、現実の政治選択としての投票行動とそれが一致せずに大きく乖離してしまつた結果に終はりました。


安倍内閣が提唱する「一億総活躍社会」は、後期高齢者であつても、労働の意欲と能力があれば生涯現役として積極的に社会貢献することによつて、生産年齢人口に踏みとどまり、扶養対象人口を減少させることにありますから、企業に勤める人らにのみ適用されてきた旧来の陋習である「定年制」を撤廃することが必要です。定年制は、一定の年齢に達すれば強制的に退職させる解雇制であつて、しかも、企業等に務める人にのみ適用され、自由業や自営業には適用がありません。これは、年齢による差別、職業による差別に他ならないからです。

しかし、このことを強調すればするほど、三上氏の85歳といふ年齢を強調する結果となり、これが裏目に出ました。


これは、私の判断ミスでした。といふのも、韓国では、平成27年暮れから、『百歳の人生』(女性歌手・李愛欄、イエラン)といふ韓国演歌が大ヒットしてゐたからでした。しかし、これについては、韓国でも京都市長選挙の告示前の3日前である平成28年1月21日に、我が国の『長寿の心得』の歌詞の盗作疑惑が指摘されました。

『百歳の人生』の歌詞は、「60歳ではまだ若いから逝けないと伝え、70歳ではまだすべきことが残っているから逝けないと伝え、80歳ではまだ役に立つから逝けないと伝え、90歳では頃を見て逝くから急かすなと伝え、100歳では良い日良い時に逝くと伝え」などいふもので、この歌は、子どもから大人まで知らない人が居ないほどでした。


一方、『長寿の心得』の歌詞は、「60歳でお迎えの来た時はただ今留守と伝え、70歳でお迎えの来た時はまだまだ早いと伝え、80歳でお迎えの来た時はなんのまだまだ役に立つと伝え、90歳でお迎えの来た時はそう急がずともよいと伝え、99歳でお迎えの来た時は頃を見てこちらからボツボツ行くと伝え」などいふものですから、盗作であることは確かですが、その元祖である日本でも、「一億総活躍社会」、「生涯現役社会」の提唱と一体になるものとして、当然にこのやうな感性が受け入れられると判断してゐたからです。


イギリスのチャーチルも77歳で首相に復帰し81歳まで務めましたし、憲政の神様と呼ばれた尾崎行雄も昭和28年のバカヤロー解散後の総選挙で落選して引退する94歳まで衆議院議員として活躍しましたので、三上氏の85歳は、これを逆手にとつて全面に打ち出しても受け入れられると判断したことが、結果的には京都人の理解を得られなかつたことになります。


しかし、三上氏が出馬することによつて、これから京都の共産党が長期に亘つて低落する契機となると確信してゐましたし、今回の選挙でそれが現実的になつてきたと思つてゐます。安保法制反対で勢ひ付いた上げ潮の共産党が、得票数を上積みするどころか、今回では大きく票を減らし、史上最低の得票数だつたからです。


前回は、投票率が36.77%で共産党の得票数が189,971票であつたのに対し、今回は、投票率が35.68%で共産党の得票数が129,119票でした。投票率で修正すれば、前回と現状維持としても184,340票を得票できたはずです。共産党のコアの支持者の1割程度が確実に共産党離れをしたのです。


どうして、上げ潮の共産党が得票数を激減したのか。それは、三上氏の選挙戦において、「天皇=平和」を強調することにより、共産党の平和とか戦争反対といふ主張などが如何に欺瞞に満ちたものであることを徹底して炙り出したた結果だと信じてゐます。


まづ、約30年前、京都では古都税紛争といふものがありました。観光寺院の拝観料に課税する条例が成立して自治省の認可が得られたにもかかはらず、観光寺院が組織する京都仏教会と共産党がこれに反対して、「拝観停止」といふといふ暴挙に出て、遂にこの条例は廃止される結果になつたのです。


三上氏と私は、この共産党の暴挙を批判して、再び古都税の復活を公約に掲げたのです。これを目的税として、貧困児童の救済のための財源とすることを提唱しました。

観光寺院の拝観料に1割を課税すれば、推計で年間50億円の財源が確保できます。といふことは、これまで30年間に亘り合計で1500億円の財源を無駄にしてしまつた責任が共産党にあり、こんな政党に市政を委ねられるはずがないといふことです。


「信仰」と「観光」(拝観)とは区別されます。信仰による財貨の提供に課税するのではありません。信仰とは全く別に、施設の拝観の対価としての拝観料に課税することは憲法違反ではありません。だからこそ拝観停止といふ暴挙ができたはずです。もし、信仰停止なら、それは宗教の自殺行為になるからです。それゆゑ、京都仏教会や共産党の反対の主張は全く理由のないものでした。


ところが、この選挙では、現職の門川氏の推薦人に有馬頼底氏が名前を連ねてゐます。有馬頼底氏は、当時の古都税紛争において、京都仏教会を率ゐた中心人物です。その人物が推薦人であれば、拝観料の課税は絶対にできないし、貧困児童の救済のための財源は確保できません。しかし、このことを知つてゐる人は少なく、これが周知されなかつたために、現職にとつて致命的な不利にはなりませんでしたが、過去の古都税紛争の張本人が共産党であることを知つてゐる人が多く、共産党にとつては、これを蒸し返したことによつて極めて不利に働いたことは確かです。


ところで、この古都税紛争のころですが、私は、京都仏教会が事ある度に拝観停止戦術を採つたことに対して抗議のための行動を起こしたことがありました。京都ホテルの建替計画に始まつた景観紛争において、京都仏教会が京都ホテルの宿泊者に対してのみ拝観停止を強行したことに対して、この横暴さに抗議するために、京都ホテルの高層建替には反対ではあるけれども、こんな強引な方法を採るべきではないとの主張を掲げた団体を結成し、全員で烏丸京都ホテルに宿泊して、その宿泊証明(領収書)を持参して清水寺に行き、これを示して、私たちは「観光のために来たのではない。信仰のためにきたが、それでも拝観を拒否するのか」と迫りました。ところが、清水寺側は、京都ホテルの宿泊者が否かはこの領収書だけでは確認できないなどと訳の解らないことを言ひ出して、拝観したかつたらすればよいといふことを言つたので、結局は「拝観」してきました。このとき、読売テレビが来てくれて、これを報道してくれました。辛坊治郎氏がニュースキャスターで、私たちの言ひ分の方が筋が通つてゐるとコメントしてくれたことから、結局は、京都仏教会は、こんな戦術をやめたといふ経緯がありました。


ところで、共産党の「戦争反対」とか「平和」とか「憲法」とかの主張に対しては、三上氏の主張する平和論の方が一貫してをり、共産党のそれが矛盾してゐることを主張するために、私は、十数回の街頭演説において、共産党が平時において「胎児の大量虐殺」を容認し続けてきたことを力説しました。


母体保護法14条1項1号には、「妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれ」がある場合は、医師が本人及び配偶者の同意を得て人工中絶を行うことができるとしてゐますが、この「経済的理由」による人口中絶によつて、年間約20万人の胎児が虐殺されてゐます。これは、保険外診療のために産婦人科医師のドル箱で、明らかな犯罪行為です。産婦人科医が、どうして「経済的理由」によつて人工中絶しなければならないことが判定できるのでせうか。

もし、何らかの理由によつて出産したり育児できないのであれば、回りの家族や親戚、社会や国家でそれを支へれば、胎児が安易に虐殺されることはないのです。自治体では法律の改正ができないとしても、条例を制定してその運用を厳格にして胎児虐殺を極力防ぐことができるはずです。これが少子化対策の決定版になるはずです。


日本国憲法97条には、「現在及び将来の国民に対し、犯すことのできない永久の権利として信託された」とありますが、この「将来の国民」に胎児は含まれます。人工中絶をする権利はあると主張しますが、そんなものは認められません。絶対に胎児を殺す権利はないはずです。平和時においても、自国の胎児を大量虐殺し続けて憲法違反を容認してゐる共産党を含めた全政党が、戦争反対とか憲法を守れなどと叫ぶ資格は毛頭ないのです。

これが平和とか戦争反対とか、憲法を守れとかを唱へる共産党の最大の欺瞞なのです。


まだまだあります。たとへば、児童相談所や児童養護施設における児童に対する施設内虐待を防止する法改正をせずに、児童相談所等の権限をさらに強化することに賛成し、児童相談所が親子の再統合を阻み続け、我が国も批准してゐる子どもの権利条約に違反してゐる事実や、国連の子ども委員会の勧告を厚労省と共謀して無視し続けてゐる地方行政と共産党など全ての既成政党に、「子どもの安全」について語る資格はないのです。


このやうな戦略で、既成政党への批判票と共産票の切り崩しによつて三上氏の当選を狙つたのですが、その結果は、共産票の切り崩しの成果だけに終はつてしまつて、それをトンビ(現職)に油揚(共産党からの離脱票)を取られてしまつたといふところです。身を殺して仁を成したのです。


共産党は、市長選挙でありながら、戦争法反対、憲法市長といふ国政レベルの主張をしてきたので、こちらとしても立憲主義を標榜し、安保法制が立憲主義違反であれば、自衛隊創設もはそれ以上の立憲主義違反であり、さらにまた占領憲法の制定こそが憲政史上最大の立憲主義違反であるにもかかはらず、共産党はその指摘をせずに欺瞞に満ちた虚偽の主張をしてゐると反論したかつたのですが、私の選挙ではないので、それはできませんでした。


共産党や民主党などの欺瞞に満ちた政党を壊滅させ、また、自民党と公明党の連立政権の矛盾と限界を暴露して減退させるためには、この立憲主義の論理しかありません。京都固有の問題や、母体保護法の問題などだけでは、共産党の低落を確実なものとすることはできません。


ともあれ、三上氏は、85歳にしては頗る元気で、選挙では精力的に奮闘しました。選挙後は直ぐに事業活動に復帰して精力的に活動してゐます。継続は力なりと申しますが、あと15年はお国に奉公すると公言してゐましたので、惨敗を乗り越えて約束を必ず果たしてくれるはずです。太宰治の『走れメロス』のやうに、命がけで約束を果たすために疾走するのです。決して「暴走老人」ではありません。「メロス老人」なのです。


私は、この度の結果を踏まへて、国家再生のために三上氏と新たな行動を起こします。


南出喜久治(平成28年2月15日記す)


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