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連載:千座の置き戸(ちくらのおきど)【続・祭祀の道】編

第百十一回 山西省残留将兵の真実(その八)

ひのしたを ときはなちたる すめいくさ みをころしても かへるうぶすな
(日の下(世界)を解き放ちたる皇軍身を殺しても帰る産土(皇土))


(兵役の義務)


兵役の義務は、帝国憲法第20条に定められた臣民の義務であるが、その義務の具体的態様は同条で「法律ノ定ムル所ニ従ヒ」とあることから「法律事項」とされてゐるために兵役法((昭和2年法律第47号。以下、条文引用においては単に「法」といふ。)が制定された。


しかし、帝国議会開設前に制定された徴兵令(明治22年法律第1号)は、兵役法が制定されるまで、帝国憲法第76条第1項により法律として効力を有してゐたのである。

ところで、この兵役の義務は、国防の義務の中核に位置し、その義務と対向的な国家主権の発動態様である天皇の統帥権(帝国憲法第11条)と表裏の関係にあることから、兵役法は、その多くの事項を勅令である兵役法施行令(昭和2年勅令第330号。以下、条文引用においては単に「令」といふ。)に項目別に白紙委任してゐるため、兵役法と兵役法施行令とは、形式的な委任関係があるものの、棲み分け的な二元法的関係となつてゐる側面があるが、あくまでも兵役の義務は、法律事項であつて、法律の委任がなければ、勅令ではその具体的態様(召集解除等の義務の免除を含む)を規定できないのである。


いづれにせよ兵役の義務は、在営服役義務及び在郷服役義務を指し、「臣民は、入営して服役せよとの処分があれば、実際に入営して服役する義務があり、その処分があるまでは、入営のため待機する義務がある」とされ、兵役法及び兵役法施行令は、具体的な兵役の種類として、常備兵役(現役、予備役)、補充兵役(第一補充兵役、第二補充兵役)及び国民兵役(第一国民兵役、第二国民兵役)とに区分し、各兵役の内容とその期間、兵役の減免、在営期間の短縮と延長その他の具体的態様を規定するのである。


以下においては、本件に則して、常備兵役である現役の在営期間の短縮と延長、召集、召集の解除、現役の免除、現役から予備役への転役等について考察する。


(在営期間の短縮)

法第5条によれば、陸軍における現役の在営期間(服役期間)は2年とされ、法第17条により徴集年の12月1日を起算日として翌々年の11月30日を以て満期除隊となる。

ただし、現役兵においては、その在営期間は、軍事上妨げなきときに限り勅令の定むる所に依り60日以内の短縮ができることになるから(法第12条)、実際には満期年の9月30日から11月30日までの間に満期除隊となるのである。


そして、令第32条には、事由を限定してその短縮すべき期間を概ね40日とする例外規定も存在してゐるし、法第13条及び法第14条、令第33条ないし令第35条には、それ以外の事由による在営期間の短縮に関する規定を設けてゐる。

特に、令第35条は、「戦時又ハ事変ノ際其ノ他必要アル場合」においては、在営期間の短縮を否定又は制限する規定なのである。


これらをSの軍歴に当て嵌めてみれば、Sは、支那事変後の昭和14年12月1日、陸軍歩兵第六十聯隊要員現役兵として歩兵第九聯隊第二機関銃中隊に入隊したので、2年後の昭和16年9月30日から同年11月30日までに現役満期除隊となるのであり、現に、同年10月31日に現役満期となつてゐる。これは、法第12条により約30日の短縮がなされたことを意味する。


(在営期間の延長)

その一方で、兵役法及び兵役法施行令では、在営期間の延長を規定する。

すなはち、法第19条によれば、「戦時又ハ事変ニ際スルトキ」(第1号)や「外国ニ於テ勤務中ナルトキ」(第3号)、さらに「天災其ノ他避クベカラザル事故ニ因リ已ムヲ得ザルトキ」(第5号)などの場合は、在営期間を延長することができることになつてゐる。


また、この点について令第36条第1項本文では、「兵役法第19条ノ規定ニ依ル服役期間ノ延長及其ノ解止ニ関シテハ主務大臣臨時之ヲ定ム」とし、さらに令第37条では、「予備兵、補充兵又ハ国民兵ニシテ戦時又ハ事変ニ際シ召集ヲ令セラレタル者応召ノ日ニ於テ予備役、補充兵役又ハ国民兵役ノ期間ヲ過グルニ至ルベキトキハ前条ニ規定スル主務大臣ノ命又ハ召集解除ノ命アル迄ノ其ノ服役期間ヲ延長ス」と規定する。


つまり、「召集解除ノ命アル迄ノ其ノ服役期間ヲ延長ス」とあることから、在営期間の延長は、一定の延長期間を定めて行はれるものではなく、「前条ニ規定スル主務大臣ノ命又ハ召集解除ノ命」あるまでの「無期延長」といふことである。


Sの陸軍戦時名簿(以下「S名簿」といふ。)によれば、Sは、昭和16年10月30日に現役満期除隊となり、翌11月1日に予備役編入(転役)されると同時に臨時召集により歩兵第百二十八聯隊付少尉に任ぜられたとされるのであるが、「召集・・・ハ令状ヲ以テ之ヲ本人ニ通達ス但シ必要アル場合ニ於テハ主務大臣ノ定ムル所ニ依リ他ノ方法ヲ以テ之ニ代フルコトヲ得」(令第113条)とあるにもかかはらずSはこのころ在営の継続と少尉に任ぜられたことは了知しても、淡紅色の臨時召集令状(いはゆる赤紙)の送達を受けたことも上官からの口達(告知)を受けたこともないのであつて、S名簿の記録上だけそのやうに記載されてゐるだけである。


前述のとほり、Sの現役満期除隊は、約30日短縮されて昭和16年10月30日とされてゐるものの、翌日、予備役に編入(転役)されると同時に臨時召集され在営を継続(現役を継続)したのであるから、これは、実質的には在営期間の無期延長を意味する。


もし、これがS名簿の記載とほりであれば、臨時召集による現役の在営期間は、やはり起算日から2年であり、その短縮がない限り昭和18年11月30日には現役満期除隊との記載があるはずであるが、S名簿には、その後の2年間の更新手続が履践されたとする記載が一切ない。それゆゑ、これは現役満期除隊、予備役編入と同時に臨時召集といふ形式により、実質的には在営期間の「無期延長」がなされたことになるのである。


よつて、在営期間の無期延長の処分を受けたその後のSには、召集、入営による服役処分(徴兵終決処分。令第5条第2項など参照)が2年の期間経過でその期間的効力を喪失することを意味する現役満期除隊の適用はなく、Sが現役の地位を喪失し予備役に転役するには、服役処分の解除である召集解除(処分)しかあり得ない。従つて、政府の主張する昭和21年3月15日の召集解除(処分)の存在とその効力発生要件である告知の事実が証明されない限り、Sの現役性はその後内地に帰還して復員した昭和34年7月26日まで継続することになる。


(召集、召集解除、転役)

召集については、法第54条に「帰休兵、予備兵、補充兵又ハ国民兵ハ戦時又ハ事変ニ際シ必要ニ応ジ之ヲ召集ス」とあり、令第4条第2項には「兵役法第54条・・・ノ規定ハ幹部候補生ニシテ予備役ニ在ル者ノ召集ニ之ヲ適用ス」とあることから、幹部候補生にして予備役であつたSが昭和14年12月1日に充員召集を受けたことは、S名簿においても明かである。


ところで、「現役ヲ終リタル者」が予備役に(法第6条)、「常備兵役ヲ終リタル者」や「補充兵役ヲ終リタル者」が第一国民兵役に(法第9条)、それぞれ「転役」する場合は、「別ニ辞令ヲ用ヒズ兵役ヲ終リタル日ノ翌日ヲ以テ他ノ兵役ニ服スルモノトス」(令第22条第1項)と規定されてゐる。つまり、転役とは、現役終了の効果として当然に認められるものであつて、それ自体は処分ではない。それゆゑ、これには処分文書が不要であるために「別ニ辞令ヲ用ヒズ」とされてゐるに過ぎないのである。


また、「現役兵トシテ入営スベキ者入営スルニ至リタルトキハ別ニ辞令ヲ用ヒズ其ノ日ヲ以テ陸軍ニ在リテハ兵科部ノ区分ニ従ヒ第三級ノ兵卒・・・ヲ命ゼラレタルモノトス」(令第23条第1項前段)とあることについても同様で、服役処分の効果として、二等兵といふ服役上の身分が付与されるので、「別ニ辞令ヲ用ヒズ」となるのである。


このやうに、現役満期除隊による予備役への転役や入営による二等兵の身分取得はそれ自体、処分ではないが、それ以外の在営期間中の身分、階級の得喪はいづれも特別権力関係の存否に影響を及ぼす処分であることは言ふまでもない。


しかも、召集については、「召集・・・ハ令状ヲ以テ之ヲ本人ニ通達ス但シ必要アル場合ニ於テハ主務大臣ノ定ムル所ニ依リ他ノ方法ヲ以テ之ニ代フルコトヲ得」(令第113条)と規定され、その処分性と要告知は明確である。


そして、「兵役法第54条ノ規定ニ依ル召集ハ陸軍ニ在リテハ動員令・・・ニ依リ之ヲ実施ス但シ必要アル場合ニ於テハ之ニ依ラザルコトヲ得」(令第114条第1項)とあり、「前項ニ規定スル召集ノ解除ハ陸軍ニ在リテハ復員令・・・ニ依リ之ヲ実施ス但シ必要アル場合ニ於テハ之ニ依ラザルコトヲ得」(令第114条第2項)として、同様の規定形式であることから、「召集」と「召集の解除」とは、現役身分の取得と喪失を伴ふ処分であることが明かである。


特に、召集の解除は、当時からも恩給受給権に影響を及ぼす現役身分の喪失といふ点で、明らかに不利益処分なのであるから、召集(処分)の場合以上に告知を必須要件とすることは当然のことであり、令第37条にも「召集解除ノ命」として、その処分性を明記してゐるのである。


(召集解除と現役免除)

ところで、この「召集解除」と近似した概念として、「現役免除」がある。

現役免除は、一定の事由があれば為される処分であるが、本件との関連でこれを説明すれば、「在営中本人ニ依ルニ非ザレバ家族(戸主ヲ含ミ本人ト世帯ヲ同ジクスル者ニ限ル)ガ生活ヲ為スコト能ハザルニ至リタルトキハ現役ヲ免除ス」(法第20条本文)とされ、次条(法第21条)では、これにより「現役ヲ免除セラレタル者」ハ「他ノ兵役ニ転ゼシム」(転役)といふものである。つまり、これにより、現役から他の兵役(予備役、補充兵役、国民兵役)へと転役する効果を有し、しかも現役身分を消滅させる点において、召集解除と大きな差異はない。召集解除が無要件(無理由)解除であるのに対し、現役免除は有要件解除である点のみが相違するだけである。


この現役免除については、令第38条では詳細な態様について規定するとともに、「転役セシムルノ処分」、「現役免除、転役及兵役免除ノ処分」としてこれらがいづれも「処分」であることを明記してゐる。


また、家族の事情を考慮した同様の規定(いはゆる「家事故障者」規定)としては、「徴集の延期」を定めた法第40条第1項本文、「入営の延期」を定めた法第45条第1項、「召集の免除」を定めた法第63条があり、これらはいづれも戸主制度、家督相続制度を基調とした我が国の社会実相を反映したものであつて、通常は嫡男である長男の入営の延期、免除を視野に入れた制度となつてゐた。


この現役免除の適用について言へば、Sは、確かに長男ではあつたが、昭和21年3月15日現在において家事故障者としての要件を満たしてをらず、従つて、当然のことながら現役免除の処分を受けてゐない。それどころか、この日の前後では八路軍との交戦中であり(第一軍参謀長「独歩14旅参電第451号」(昭和21年3月14日15時)、召集解除とは全く両立しえない現実に直面してゐたことは従来から主張してゐるとほりである。


(現役将校残置命令の存在)

「召集ノ解除ハ陸軍ニ在リテハ復員令・・・ニ依リ之ヲ実施ス但シ必要アル場合ニ於テハ之ニ依ラザルコトヲ得」(令第114条第2項)とあるが、ここでいふ「復員令」は、ポツダム宣言受諾前には存在せず、その後も存在しなかつた。

ただし、復員に関しては、昭和20年8月19日の帝国陸軍復員要領(以下「要領」といふ。)及び帝国陸軍復員要領細則(以下「細則」といふ。)を嚆矢とし(乙24)、さらに同年9月10日の帝国陸軍(外地部隊)復員実施要領細則(以下「実施細則」といふ。)が制定された。


これは、今まで制定されなかつた令第114条第2号の復員令には該当せず、仮に該当するとしても、後述するとほり、兵役法が廃止されて兵役法施行令のその効力を喪失したために、帝国憲法第20条により法律事項である兵役の義務(第20条)の喪失については法律ではない「復員令」で定めることはできないので、兵役法を根拠とする効力は認められない。


つまり、復員令に対する授権の根拠である兵役法が廃止されたため、新たな「法律」が必要であるところ、要領、細則及び実施細則は「法律」ではないから、法律事項である復員(兵役の消滅)に関する法令としての効力はないが、完全武装解除等を求めるポツダム宣言第9項の履行のための方針を示したものとしての意義はあつた。


ところで、令第36条第1項本文には「兵役法第19条ノ規定ニ依ル服役期間ノ延長及其ノ解止ニ関シテハ主務大臣臨時之ヲ定ム」とあり、令第37条には「予備兵、補充兵又ハ国民兵ニシテ戦時又ハ事変ニ際シ召集ヲ令セラレタル者応召ノ日ニ於テ予備役、補充兵役又ハ国民兵役ノ期間ヲ過グルニ至ルベキトキハ前条ニ規定スル主務大臣ノ命又ハ召集解除ノ命アル迄ノ其ノ服役期間ヲ延長ス」とあることから、この要領、細則及び実施細則はここでいふ「主務大臣ノ命」に該当することになると思はれる。さうであれば、この「別ニ示ス時期迄」とは、在営期間の延長がなされた全ての現役将兵に対して、その服役期間の延長を「解止」する時期を定めた趣旨と理解しうるので、もし、その趣旨でこの時期が別に定められてゐたとすれば、その「解止」の時期の定めとその時期の経過により、服役期間が(無期)延長された全ての現役将兵の地位は喪失する結果となり、処分性や要告知性は否定されるとの解釈もあり得る。


しかし、そもそも在営期間の無期延長された全ての将兵に対して「解止」の時期を決定すること自体にSに対する処分性が認められるものであるから、この解釈は成り立ちえないし、そもそも政府は、「召集解除」を主張し、「解止」の主張はしてゐないのであるから、この「解止」の問題は本件とは無関係である。


細則第7条第1号によれば、「現役将校・・・ニ在リテハ別ニ示ス時期迄全員適宜ノ部隊ニ命課ノ上残置スルモノトス」とあり、昭和21年3月15日現在において現役将校(大尉)であつたSは現役将校のままで所属部隊に残置することが命ぜられてゐたことになるのであつて、召集解除はあり得ないことになる。


ここにいふ「別ニ示ス時期迄」について、いつまでを指すのかについての別途の定めがないため、無制限といふことになる。

しかし、この点についても、政府は、Sが現役将校の身分を喪失した事由を「召集解除ノ命」としてゐるのであつて「主務大臣ノ命」とはしてゐないのであるから、以上の議論は本件とは直接には関係がないことになる。


いづれにせよ、以上の事情からして、Sを含め残留した特務団へ転属された第一軍精鋭将兵全員は軍令による残留であることが肯定され、特に、Sら現役将校に対しては別途に残置命令が出されてゐたのであるから、これと矛盾する召集解除がSに対しなされたとすることはあり得ないのである。

南出喜久治(平成30年11月15日記す)


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