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連載:千座の置き戸(ちくらのおきど)【続・祭祀の道】編

第百八十三回 反ワクチン・反マスク訴訟 その五

くすりには くすしちからを そなへども いまはさはりの ものとまがへり
(薬には奇し力を備へども今(現代)は障りの物(毒物)と紛へり)


選挙無効訴訟と言ふと、訴訟マニアの弁護士たちが「一票の格差」を違憲であると主張して、国政選挙ごとに年中行事のやうに訴訟を提起し、最高裁もこれに向き合つて、違憲とか違憲状態とかいふあやふやな判決が出るたびに国会が選挙法の改正を試みてゐるやうな素振りをしてゐるといふことが繰り返されてゐます。


みなさんは、この現象を滑稽だと思ひませんか。


こんなことを際限なく繰り返して、人口変動ごとに選挙区の区割りを変更して、一生懸命に形式的平等を実現するために努力しても、一体何が生まれるのでせうか。


確かに、随分前にアメリカでもこれが問題となつたので、何でもアメリカの真似をするのが好きな人たちが二番煎じの訴訟を繰り返してゐるのですが、こんなことをする人たちは、一体、選挙制度の根本問題が何なのかが全く解つてゐないのです。

茶番そのものの訴訟です。


選挙制度の根本問題は、仮に、理想的な意味で一票の格差が是正されても全く解決できません。それどころか、こんなことに労力を取られて、国会では本当の意味での選挙制度改革が出来なくなり、選挙制度を、民意を全く反映しないものに堕落させてしまつてゐるのです。


私は、衆議院の小選挙区比例代表並立制の選挙制度が出来たとき、確実に投票率が慢性的に低下すると予測しました。現に、中選挙区制で選挙では70%以上あつた投票率が、50%台に激減したのです。これは、小選挙区制による死票の増加が、選挙民から投票意欲を失はせ、棄権票が増えることになつたためです。


そして、選挙制度の問題は、これと不可分一体となつてゐる供託金制度、政党助成制度といふものと不可分一体になつて、平等選挙、普通選挙の建前が、実質的には不平等選挙、制限選挙になつてしまつてゐることなのです。


そのことを私は平成8年に、『参政権の閉塞的情況』といふ論文を発表しました。

この論文は、右派も左派も賛同しました。民族派の「動向」にも、新左翼の「人民戦線」にも掲載された希有な論文ですが、ここで指摘した内容は、いまもなほ通用してゐるといふことです。


私は、この論文の冒頭に、「政治の空洞化」として、かう書きました。


「食事をする店が限定されており、いつも決まった種類の定食のメニューしかなく、どのメニューにも食べ飽きてしまったという限定された条件下の情況を仮定してみよう。それでも、これらの定食を食べ続けるのは、定時に食事をきちんととる習慣がしっかりと身についた人々であろうが、通常の場合、お腹がすいても時々は欠食する者が出てくるのは当然である。しかし、食事の場合、長い間欠食し続けることは健康を害するであろうから、嫌いでも食事をとり続けた方がよいだろう。

しかし、このような限定条件の要素を変更して、「食事」を「選挙」と、「定食」を「既成政党」と、「欠食」を「投票の棄権」と置き換えて、政治の場合と比較してみるとどうであろうか。

飽き飽きした定食にも等しい既成政党しか存在しない現在の政治情況の場合、選挙民は、選挙の際、投票を棄権し続けても、欠食の場合と異なって、健康や日常生活に直接何らの影響もない。投票習慣がしっかりと身についた人々と、棄権をし続ける人々とを比較しても、政治的にも日常生活の上においても全く何らの違いはない。そのため、選挙民は安易さに流され、着実に棄権者が増大し、投票率が低下し続けるのである。しかし、この現象の拡大は、確実に政治自体を蝕んでいく。投票率の低下は、参政権の行使による政治意志決定そのものを形骸化し、議会制民主主義が潰死して政治が空洞化する。そして、その空洞化の間隙を縫って、宗教的独裁、政治的独裁を志向する全体主義勢力が着実に伸長してくることだけは確かである。

昨年の平成七年は、七月二十三日に施行された参議院通常選挙が史上最低の四十四パーセント台の投票率を記録し、無党派層や無関心層の増大など、政治の空洞化と呼ばれる現象が一層深刻化した年であった。いわゆる五十五年体制の崩壊に伴って、安保、自衛隊、エネルギーなど国家基本政策上の争点がなくなったこと、政界再編成が流動的であり特定の政党を選択するのが困難であること、政治家や政党政治それ自体に対する不信があり政治に絶望していること、などが原因であるとする指摘はあったが、選挙制度を含む政治制度自体の欠陥に原因があるとする指摘は少なかった。」


今回の衆議院議員選挙で言ふと、全国の投票率は55.92%でした。そして、木原功仁哉弁護士が立候補した今回の兵庫県第1区の小選挙区の投票率は解りませんが、兵庫県全体では、全国の投票率よりも少し低く54.29%でした。

仮に、これが兵庫県第1区と同じ投票率と仮定すると、当選した井坂氏の得票率は36.899%でしたので、兵庫県第1区の総有権者の僅か20%の支持で当選したことになります。それ以外の80%の有権者は、死票であり棄権票です。僅か5人に1人の選挙民の意思で当選が決まるのです。


その上、300万円の供託金を積まないと立候補できません。しかも、有効投票数の10分の1に満たない得票数であれば没収されるのです。これは、落選したことを批判されて懲罰を受けてゐるのと同じです。


しかも、政党であれば、比例区に重複立候補できます。そして、兵庫県第1区でも、落選した盛山氏と一谷氏は比例区で復活当選しました。ゾンビ議員です。


こんな重複立候補ができるといふのは、被選挙権が二重に付与されたことになるので、それ自体が平等原則に反します。無所属議員は、政党の候補者のやうに重複立候補はできません。これも謂はれのない差別です。


さらに、その上に、政党であれば政党助成法によつて政党交付金が貰へます。これは、選挙の公費助成といふよりは、これは当選報奨金です。落選者からは供託金を没収し、それを政党に振り向けて、既成政党だけが貰へるのです。


国会では、既成政党が談合して、自分たちに有利なお手盛りで、こんな手前味噌な制度を作り、新規参入を阻止します。完全な政党ギルド制です。


これでは参政権の閉塞的情況が大きくなるのは当然のことです。


形骸化した一票の格差だけを議論して、選挙制度の本質的な問題を議論しないのは、むしろ、本質的な議論をさせないための誘導策です。訴訟を提起する弁護士、裁判官、国会議員、そして、こんなことを一大事であるかの如く喧伝するメディアらは、みんな同じ穴の中のムジナなのです。


私は、こんな一票の格差訴訟には全く関心がなく、選挙法が改正された直後の平成7年に、兵庫県議会議員選挙における供託金没収措置に対して返還訴訟を提起しましたし、平成28年には、京都府第3区の衆議院議員補欠選挙の無効訴訟を提起して、選挙制度の本質的な問題の提起をしましたが、いづれも認められませんでした。


しかし、今回は情況の変化もありましたので、再度挑戦します。


ワクチン禍を阻止するためには、ワクチン利権にどつぷりと浸かつた政治家によるギルド政治を変へなければなりません。そして、その政治を変へるには、誰でも供託金を積む必要がなく、自由に真摯な政策を主張してすべての選挙に立候補することができる選挙制度に変へることがその第一歩なのです。

南出喜久治(令和3年11月15日記す)


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