國體護持總論
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クーデター

これまで述べてきたとほり、國體と皇統の護持については、平和裡に實現できることが望ましいものの、古くは和氣清麻呂や楠木正成などの例にあるやうに、緊急時においては謀略や實力を行使してでも實現しなければならないことがある。

歴史的に見て、謀略又は實力の行使がなされた政治の刷新又はその企ては、必ずしも國體護持の方向でなされる場合に限らない。皇位簒奪など國體破壞の方向でなされることもあつた。

特に、政治中樞における謀略又は實力の行使による政治の刷新は、我が國において、大化の改新(乙巳の變)、壬申の亂、建武の中興、本能寺の變、明治維新、明治六年の政變、明治十四年の政變といふ成功例以外は全て失敗例である。磐井の亂、長屋王の變、橘奈良麻呂の變、藤原仲麻呂の亂、承平・天慶の亂、保元・平治の亂、承久の變、正中の變、元弘の亂、應永の亂、永享の亂、嘉吉の亂、慶安の變(由井正雪の亂)、大鹽平八郎の亂、大和五條の變・十津川の變(天誅組の變)、生野の變、禁門の變(蛤御門の變)、脱走奇兵諸隊の叛亂、二卿事件、佐賀の亂、敬神黨の亂(神風連の亂)、秋月の亂、萩の亂、西南戰爭、秋田事件、福島事件、高田事件、群馬事件、名古屋事件、加波山事件、秩父事件、飯田事件、靜岡事件、三・一獨立運動、霧社事件、三月事件、十月事件、五・一五事件、神兵隊事件、十一月事件(士官學校事件)、二・二六事件、八・一四事件(宮城事件)、三無事件、三島事件など、最後まで目的を遂げられなかつた失敗例は枚擧に遑がない。

これら政治の刷新とその企てについては、クーデター、維新、政變、事件、戰爭、亂、變、革命など樣々な名稱や概念が用ゐられる。この中で、革命といふ用語は、支那(支那領域及びその領域で盛衰する國家を總稱)において統治者の姓が易はること、すなはち新たに王朝が興ることを「易姓革命」としたことに由來するとすれば、それ以外の概念は、これとは異なるものとして、これらを「クーデター」と總稱することができる。

ただし、この中で、特に、我が國において、政治の刷新の方向が國體に回歸する方向である場合を「維新」と定義すると、これまでに擧げたものの多くが「維新」であつたことが解る。維新とは、神敕成就の一點にあり、萬古萬民が天皇に歸一する天業を意味した。

ともあれ、これらのクーデターとして總稱されたものについて、支配階級の一部がすでに握つてゐるその權力をさらに強化するために、あるいは新たに政權を得るために、同一階級内の他の部分に向かつて、非合法的、武力手段によつて奇襲すること、すなはち、同一階級内の權力移動(急襲的權力把握)であると定義すると、一階級から他階級への權力移動である「革命」と區別することができるが、クーデターを廣義の革命ととらへたり、クーデターを上(權力者)からの變革、革命を下(人民)からの變革ととらへたりする考へもある。奇襲とか急襲といふ概念もまた相對的なものであり、瞬時になされるものから、通常の豫想される變革からして比較的短期間でなされるものをも含むことになるので、その變革の所要時間を絶對的基準で限定できるものでもない。

また、クーデターの進むべき方向についても、新たに權力を創設(奪取)するもの(創設的クーデター)と、既に奪はれた權力を復元(回復)するもの(復元的クーデター)とがあり、これは、革命の進むべき方向における「正革命」と「反革命」に對應することになる。

このやうに、クーデターの概念は、それ自體が明確に定まらない上に、急襲的に把握した權力の内容とその歸趨は、その時代と法體系などの要素などにより千差萬別であるから、これをクーデターといふ一つの概念として嚴密に定義付けることの實益は乏しい。ただし、江戸時代における百姓一揆と呼ばれる農民闘爭、打ち壞しや幕末のええぢやないか運動などの大衆的狂亂については、その多くが政治體制の轉覆などの政治目的を有してゐないことが多いと思はれるので、革命とかクーデターの分類からは除外することになる。

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