國體護持總論
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占領基本敕令

では、占領憲法は、帝國憲法第七十三條の改正條項に基づき、「敕命」を以て帝國憲法改正議案を帝國議會の議に付し、改正の議決を經て「上諭」を以て公布された占領憲法は、「敕令」の效力として有效となるのではないか、といふ「承詔必謹論」の應用ともいふべき主張もありうるので、念のためこれについて言及する。ただし、これも國内系に限定することを前提とする議論であり、その批判は前に述べたとほりであるが、さらに、次の點を付加して説明する。

まづ初めに、帝國憲法には敕令に關する條規として、第八條、第九條、第三十四條、第四十二條、第四十三條、第四十五條、第五十五條、第七十條、第七十三條があるが、この中で、憲法事項と法律事項に關連するものは、第八條、第九條、第七十三條である。

このうち、第九條においては、天皇の命令大權を定める。帝國憲法上は敕令もまた行政作用としての命令の一種であり、天皇の命令大權により發せられる。そして、その命令には、「法律ヲ執行スル爲」に發する執行命令、「公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ增進スルカ爲」に發する獨立命令(狹義の行政命令)、さらに、明文にはないが、帝國憲法上法律を以て定めるべき事項(法律事項)を法律自らが命令に委任する旨を規定した場合になされる委任命令があるとされてきた。これらの命令(敕令)はいづれも法律よりも下位の法令であり、第九條但書にも「命令ヲ以テ法律ヲ變更スルコトヲ得ス」とあるから、「占領基本法」が有效であるとすることが幻想であるのなら、「占領基本令」もまた幻想といふことになる。

ところが、この命令大權に基づく敕令(命令)とは別格のものとして位置づけられる敕令として、第八條の緊急命令と第七十三條の憲法改正發議の敕令がある。

帝國憲法第八條には、この緊急敕令について、「天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル爲緊急ノ必要ニ由リ帝國議會閉會ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ敕令ヲ發ス 此ノ敕令ハ次ノ會期ニ於テ帝國議會ニ提出スヘシ若議會ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ將來ニ向テ其ノ效力ヲ失フコトヲ公布スヘシ」と定めてゐる。そこで、この緊急敕令(第八條)と前述の命令大權(第九條)とを比較すれば、前者の特徴として、帝國議會閉會中であることを時期的な要件として法律を改變できるとする點がある。つまり、後者が法律の「下位」にあるのに對し、前者は法律と「同等(同位)」なのである。

前に述べたとほり、ポツダム宣言受諾後、憲法改正案を審議した第九十回帝國議會(昭和二十一年六月二十日開會)までに開會された帝國議會は、敗戰直後の第八十八回(同二十年九月四日開會)と第八十九回(同年十一月二十七日開會)の二回のみであり、そのいづれの帝國議會においても、國家統治の基本方針についての實質的な討議は全くされなかつた。そして、その間の昭和二十年九月二十日、連合軍の強要的指示によつて帝國憲法第八條第一項による「ポツダム緊急敕令」(昭和二十年敕令第五百四十二號「『ポツダム』宣言ノ受諾ニ伴ヒ發スル命令ニ關スル件」)が公布され、これに基づく命令(敕令、閣令、省令)、即ち、「ポツダム命令」(執行命令)が發令された。この「ポツダム命令」が占領中に約五百二十件も發令されたことからしても、「ポツダム緊急敕令」の公布及び「ポツダム命令」は、占領政策の要諦であつたことが頷ける。ともあれ、この緊急敕令は、次の第八十九回帝國議會で提出され、承諾議決がなされたのである。

ところが、占領憲法については、あくまでもその法形式は帝國憲法第七十三條による改正法であつて、決して緊急敕令といふ法形式で發令されたものではないが、ここでの問題は、假に、この占領憲法を帝國憲法第八條第一項の緊急敕令として發せられたものと看做すことができるとすれば、占領憲法は緊急敕令として效力を有するのではないかといふ疑問である。つまり、「日本國憲法」といふ名の緊急敕令(占領基本敕令)の效力論である。

しかし、帝國憲法第八條を根據とする緊急敕令は、あくまでも法律事項の範圍内でのみ效力を有するもので、占領憲法のやうに憲法事項(憲法で定める事項)を改變して法律事項を超えるものは、たとへ敕令と雖も無效である。つまり、帝國憲法には憲法事項の變更に關する敕令(憲法的敕令)の規定がなく、緊急敕令は法律事項を守備範圍とするだけで、決して憲法事項には及ばないので、この緊急敕令は違憲であり無效であるといふことである。敕令は無制約なものではなく、國體を變更することができないことは、國體の支配の原則からして當然のことなのである。

ただし、假に違憲無效な占領基本敕令(占領憲法)であつたとしても、公布されたといふ事實があるため、これを同等の方法で無效であることを公示することが必要になる。つまり、假に、占領基本敕令が緊急敕令であれば、「此ノ敕令ハ次ノ會期ニ於テ帝國議會ニ提出スヘシ若議會ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ將來ニ向テ其ノ效力ヲ失フコトヲ公布スヘシ」とする帝國憲法第八條第二項に基づき、公布された昭和二十一年十一月三日以後の第九十一回帝國議會の會期に提出して承諾を得なければならないが、それが行はれてゐないため、政府としては「失效の公布」をしなければならないが、これが未だになされてゐないからである。尤も、この緊急敕令たる占領基本敕令は違憲無效であるから、有效な緊急敕令の場合のやうな「失效の公布」ではなく、その類推としての「無效の公布」(無效であつたことの告知)が必要となるであらう。すは、これは、占領憲法下の政府によつて占領憲法の無效宣言を行ふべき根據の一つとなりうるのである。

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