自立再生政策提言

トップページ > 自立再生論02目次 > H28.04.15 連載:第四十九回  安倍晋三と憲法無効論 【続・祭祀の道】編

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連載:千座の置き戸(ちくらのおきど)【続・祭祀の道】編

第四十九回  安倍晋三と憲法無効論

たみくさに こびへつらひて えらばれし おみがうらでは たみをあなどり
(民草(大衆)に媚び諂ひて選ばれし臣(政治家)が裏心では民(大衆)を侮り)


自民党は、平成24年4月27日に日本国憲法改正草案を決定し、安倍晋三首相は占領憲法を改正することが悲願であると公言してゐます。綱領に自主憲法の制定を掲げる自民党としては、これは当然のことでせう。


日本国憲法(占領憲法)の改正といふことは、占領憲法を憲法として有効であることを前提とするもので、護憲論者もまた占領憲法を憲法として有効としてゐる点において、占領憲法の認識は完全に一致してゐます。


ところが、7年前に、安倍氏は、占領憲法は「無効」であるとの認識を示してゐたのです。


第一次安倍内閣は平成19年9月26日に退陣し、その後、自民党は野に下り、再び平成24年12月26日に第二次安倍内閣で政権復帰するまでの野党時代である平成21年5月3日に放送された読売テレビの『たかじんのそこまで言って委員会』(憲法スペシャル)といふ番組において、安倍氏は、こんな発言をしてゐたことを皆さんはご存知のはずです。


(安倍晋三)
私は先ほど桂(ざこば)さんが言ったとおりと思います。サンフランシスコ講和条約によって日本が独立を回復したときですね、ある意味ではこの現行憲法は、いわばハーグ条約に違反しているわけですから。実はそれでですね、GHQも躊躇して、最初に日本側に、あなたたちで作りなさいと言って草案を作らせるわけですね。ところがなかなか自分たちの好みのものができないと。で、2月1日に毎日新聞が、・・・

(三宅久之)
そうです、毎日新聞。私の先輩の西山隆三というんですね。

(安倍晋三)
スクープしたわけです。これは、ぜんぜん違うじゃないか、彼らが思っている、それで密かに作ってですね、ただ日本側にも作らせながら日本側が提出したら、そんなものはだめだと言って自分たちのやつを渡したんですが。
だからですね、サンフランシスコ講和条約によって独立を回復した後に、これは無効であると言って、これは過半数でですね、無効にできますから。という、そしてそこでですね、まさに自分たちの手で憲法を書く。結果としてですね、似たものになるということは充分あり得るでしょうし。先ほど三宅さんが触れたこの憲法のですね、委員会についてではですね、一人入っていた女性の委員でシロタさんという日系の女性なんですが、彼女が言った意見によって女性の権利の向上について随分書かれて、そういう項目は確かにありますよ。しかし彼女もですね、しかもこんな期間にですね、果たして私たちは作っていいのかの疑問を投げかけているわけですから、私たちは今こそ自分たちの手で日本のあるべき姿について理想を盛り込んだ憲法を書くことによってまさに未来を切り開いていくという精神を手に入れることができるんではないかと思いますね。


ここでは、安倍氏は、はつきりと、「サンフランシスコ講和条約によって独立を回復した後に、これは無効であると言って、これは過半数でですね、無効にできますから。」と発言してゐます。

これは、菅原裕氏の『日本国憲法失効論』(国書刊行会)に近い見解ですが、「占領憲法は憲法としては無効」といふ見解で、政治家として真摯な語りで論旨を展開したものですから、バラエティー番組での発言だからといふ理由で、真意を誤魔化したり、事後に否定したり撤回することはできない性質のものです。


ところが、安倍氏は、これから遡ること約2年半前に、占領憲法の効力論について何を語つてゐたかと言ひますと、「占領憲法は憲法として有効」であると、全く正反対なことを言つてゐたのです。


それは、第一次安倍内閣が成立した約1か月後の平成18年10月18日に行はれた第165回国会の衆議院国家基本政策委員会合同審査会における民主党代表の小沢一郎氏との党首討論においてです。


小沢氏がこの党首討論の冒頭に取り上げたのは占領憲法の効力論(有効か無効かの論争)であり、これに関する安倍首相の見識を尋ねられると、安倍首相は占領憲法が有効であるとしたのです。

その党首討論の問答の該当部分を速記録に基づいて以下に示します。


(小沢一郎)
 ・・・そうしますと、今総理も、やはり占領中に占領軍の少なくとも深い影響、関与のもとになされた日本国憲法であるという考え方から推し進めますと、フランス憲法に書かれておりますように、論理の一貫性からいえば、そういう状態においてつくられた憲法は無効だということになるわけであります。
 これは、ほかの国にそういう憲法があるという例だけではなくて、議論としてそういう議論が、一方の、有効だという議論もありますけれども、そういう議論が当然あるわけです。
 そうしますと、総理の主張を推し進めると、日本国憲法は本来無効だという方が論理としては一貫しているように思うんですけれども、その点についてはいかがですか。


(安倍晋三)
ただいま小沢さんが言われた議論については、この憲法の議論の中で、例えばハーグ陸戦協定を挙げて、占領下にあるときに基本法を変えることについての法的な根拠について議論がなされたというふうに思います。今例に挙げられましたフランスの例は、恐らくナチス・ドイツに占領されたフランスの経験から書き込まれたのではないか、このように思うわけでございます。しかし、日本は昭和二十七年に講和条約を結び、独立を回復した後も、基本的に現行憲法のもとにおいて今日までの道のりを歩いてきたわけでございます。ですから、現在、であるからそれが無効だという議論は、私はもう既に意味はないのではないだろうか、このように思っています。
私も、現行憲法をすべて否定しているわけではありません。現行憲法の持っている主権在民、自由と民主主義、そして基本的人権、平和主義、この原則は、私は、世界的な、普遍的な価値であろう、このように思っておりますし、・・・基本的に、私は、認識としては、既に国民の中に定着し、それを我が国国民も選んだのも私は事実であろう、こう考えています。


(小沢一郎) 今安倍総理が、日本国憲法の基本的な民主主義やら基本的人権やらそういったいろいろないいところがたくさんある、そしてまた既にもう定着している、そういうことをお話しになりました。事実そのとおりだし私自身は思っております。・・・


このやうなやりとりで、安倍氏は、「講和条約が締結されて独立したので占領憲法は有効となつた」といふ趣旨の見解を示してゐたのです。安倍氏は、それまで、「改憲」といふ言葉を極力避けて、祖父岸信介氏の自主憲法制定論に沿つて、「新たな憲法」といふことを発言をしてきました。帝國憲法の復元改正を示唆し、無効論に含みを持たせてゐたのです。ところが、この発言は、これまでの予測に反して、明らかに有効論の立場に立つたことを明確に表明したことになりました。これは、有効論の一種である定着説のやうにも思へますが、安倍氏の考へは必ずしも定かではありませんでした。


しかし、おそらく、独立までは無効であるが、講和条約を締結して独立したことを以て有効になつたといふ、後発的有効論を支持してゐるといふことでせう。講和条約の締結とそれによる独立が有効化の根拠とするものと思はれるから、追認有効説の一種といふことになります。しかし、この説明だけでは何ら有効であることの理由付けにならないことは言ふまでもありません。安倍氏のブレーンとか取り巻きは、占領憲法有効論者で固められてゐるためか、これらに影響されて主体性が持てないのかも知れないし、そもそもこの程度が安倍氏の学識の限界なのかも知れません。講和条約の締結の日(昭和26年9月6日)と発効・独立の日(昭和27年4月28日)とを取り違へたことについて、ことさらに無知であると揶揄するつもりはありませんが、占領憲法が有効であるとする根拠について、一国の宰相としては、なんといふ不見識、不勉強でせうか。


占領憲法の効力論について一度でも真摯に検討したことがあれば、こんな愚かな理由付けをすることはありえないのです。これは無知も甚だしく、著しい常識の欠如です。

それに輪を掛けたやうに、小沢氏もまた腰抜けです。小沢氏については、次回に詳しく述べますが、これまで、無効論か、あるいはそれに近い見解を表明してゐたはずなのに、この場で自説を披瀝することもなく、ただ聞き手に徹するだけで、安倍氏が有効であるとする理由と結論に対しても全く反論をせず、むしろこれを認めてしまつたのでした。これも節操がないことの証しです。


この議論は、党首討論の冒頭で行はれたもので、しかも討論時間の半分以上の時間をとり、その後で北朝鮮の核実験などの討論がなされましたが、メディアは、憲法の効力論についての討論があつたことの報道を殆どしなかつたのです。


ところが、その後、安倍氏は、政権の座を追はれ、野党に甘んじて充電期間中に、前に述べた読売テレビの番組に出演して、曲がりながらも占領憲法無効論を表明したのです。


しかし、再び政権に復帰したとたん、再び改憲論にのめり込んでゐます。無効論と有効論のいづれなのかが判然としまい「コウモリ宰相」では、祖国の再生はできません。


今こそ国家の命運を左右する占領憲法の効力について公正な討論を始めませんか。対話の扉は常に開かれてゐるのです。

南出喜久治(平成28年4月15日記す)


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