國體護持總論
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無效理由その十 改正條項の不明確性

占領憲法は、帝國憲法の改正條項の條文の對應關係においても著しい問題がある。即ち、上諭には「將來若此ノ憲法ノ或ル條章ヲ改定スルノ必要ナル時宜」とあり、さらに、帝國憲法第七十三條第一項によれば、「此ノ憲法ノ條項ヲ改正スルノ必要アルトキ」とあることから、條項毎の改正を豫定してゐたのである。「憲法ノ或ル條章」とか「憲法ノ條項」といふのは、「憲法の全部の廢止又は停止を容認しない」趣旨である(美濃部達吉)。

ところが、占領憲法は、帝國憲法の各條項を改正するといふ手續をとらず、差換へ的な全面改正を行つたのである。改正條項を明示するについては、通常は「第□條を次のとほり改正する。」、「第□條を廢止する。」などとして改正すべき條項との對應關係と改正の内容とを特定するものであるが、占領憲法には全くそれがなされてゐない。それゆゑ、帝國憲法と占領憲法とは條文の條項毎に一對一に對應してをらず、占領憲法の各條項が帝國憲法の、いづれの條項を改廢したのかが不明である。

また、帝國憲法に規定のある機關(帝國議會、樞密顧問、行政裁判所など)や兵役の義務などを廢止するとの規定もないので、これらの機關や義務などは事實上停止されてゐるに過ぎないこととなり、廢止されたのではないことになる。

さらに、占領憲法が眞に帝國憲法の改正法であれば、「大日本帝國憲法の昭和二十一年改正」として表示すべきであり、あくまでも法規名稱は「帝國憲法(大日本帝國憲法)」のままであるはずである。しかし、新たにこれを「日本國憲法」と改稱するとの規定すらないまま、「日本國憲法」と呼稱することのいかがはしさは拭へない。

さらに、占領憲法の公布の詔敕には、「朕は、日本國民の總意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、樞密顧問の諮詢及び帝國憲法第七十三條による帝國議會の議決を經た帝國憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。」とあるが、假に、占領憲法が憲法として有效であるとしても、これにはまことに不正確な表現が用ゐられてゐると云へる。まづ、「日本國民の總意に基いて」とあるが、これは「臣民の總意」とするのが正確である。帝國憲法には、「臣民」の概念はあつても「國民」の概念も用語も存在しないのである。また、「帝國憲法第七十三條」とか「帝國憲法の改正」として「帝國憲法」といふ表現が用ゐられてゐるが、これは「大日本帝國憲法」と表記しなければならない。本稿においても、「大日本帝國憲法」の略稱として「帝國憲法」といふ表記を用ゐるが、これはあくまでも私的な略稱にすぎない。法文、しかも憲法の改正において、正式名稱を用ゐずに、慣例的な略稱表記を用ゐることはあつてはならないのである。それゆゑ、嚴密に云へば、「大日本帝國憲法」改正の公布は存在してゐないことになる。

このやうな不手際は前代未聞のことであり、このことからしても、占領憲法は先帝陛下の御叡旨に基づいてゐないことを推認しうるのである。

尤も、このやうな不手際は、單なる不手際といふよりも、意圖的なものと云へる。それは、公布時にも效力を有してゐた神道指令(資料二十九)の影響である。神道指令の一(ヌ)には、「公文書ニ於テ『大東亞戰爭』、『八紘一宇』ナル用語乃至ソノ他ノ用語ニシテ日本語トシテソノ意味ノ連想ガ國家神道、軍國主義、過激ナル國家主義ト切り離シ得ザルモノハ之ヲ使用スルコトヲ禁止スル、而シテカカル用語ノ却刻停止ヲ命令スル」とあり、「臣民」とか「大日本」の用語は、「過激ナル國家主義ト切り離シ得ザルモノ」とされたからであらう。

しかし、さうであれば、帝國憲法改正の公布權は、神道指令に服してゐたことになり、このことは、占領憲法は帝國憲法の改正法ないしは憲法としては無效であり、講和條約の性質を有してゐたことの證左となるものである。

その上、帝國憲法の各條項に對應する占領憲法の類似條項についても、それが交換的改正なのか追加的改正なのかは、占領憲法の補則(第十一章)によつても一切明らかにされてゐない。從つて、帝國憲法の各條項がどのやうに改正されたかについて不明確なものは形式的連續性をも缺いてをり、帝國憲法の改正と認めることができないのである。

上諭には「將來若此ノ憲法ノ或ル條章ヲ改定スルノ必要ナル時宜ヲ見ルニ至ラハ朕及朕カ繼統ノ子孫ハ發議ノ權ヲ執リ之ヲ議會ニ付シ議會ハ此ノ憲法ニ定メタル要件ニ依リ之ヲ議決スルノ外朕カ子孫及臣民ハ敢テ之カ紛更ヲ試ミルコトヲ得サルヘシ」とある。この紛更とは、つまり、無闇やたらに變更することを禁止してゐるのであるが、占領憲法のこのやうな全面改定は「紛更」そのものに該當するので無效であることは前にも述べたが、その上さらに、改正條項の對應關係が不明確であるが故に無效であるといふ法理によつて無效であるといふことである。

附言するに、明治典範第六十二條には、「將來此ノ典範ノ條項ヲ改正シ又ハ增補スヘキノ必要アルニ當テハ皇族會議及樞密顧問ニ諮詢シテ之ヲ敕定スヘシ」とあつて、これも明治典範の各條項の改正するといふ手續をとらず、占領典範により實質的には差換へ的な全面改正を行つたのであるから、前記同樣の理由で無效である。

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