國體護持總論
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最高裁判所の判斷

ともあれ、これから無效論と有效論の樣相を説明をする前に、最高裁判所が帝國憲法と占領憲法をどのやうに評價してきたかについて初めに檢討して措かう。

まづ、占領統治の要諦となつたポツダム緊急敕令(昭和二十年緊急敕令第五百四十二號)に關して、占領憲法によつて設置された最高裁判所は、占領下で占領憲法施行後の昭和二十三年六月二十三日に、裁判官全員一致で次のとほりの大法廷判決をなした。


「昭和二十年敕令第五四二號『ポツダム宣言ノ受諾ニ伴ヒ發スル命令ニ關スル件』は、舊憲法第八條に基いて發せられた所謂緊急敕令であって、この敕令は、周知のごとく、我が國がポツダム宣言を受諾して、同宣言の定むる諸條項を誠實に履行すべき義務を負い、且つ降伏文書に調印して、同文書の定むる降伏條項を實施するため適當と認むる措置をとる連合國最高司令官の發する命令を履行するに必要な緊急處置として制定されたものである。降伏條項の實施は廣汎の範圍に亘っている。その實施に關する連合國最高司令官の要求はその時期と内容を豫測することができない。しかも、その要求があれば迅速且つ誠實にこれを履行することを要する。そのためには急速に所要の法規を設けることが要請され、到底いちいち議會の協贊を經る手續をとることは不可能である。ここにおいて、政府はこの緊急の必要に應ずるため、緊急敕令を制定し、これに基く敕令、政令、閣令、省令によって、從前の法律、命令の改廢、新法令の制定を行うこととしたのである。緊急敕令が命令に委任した立法の範圍は廣汎である。しかしながら、降伏條項の誠實な實施はポツダム宣言の受諾及び降伏文書の調印に伴う必然の義務であり、その實施が廣汎で且つ迅速を要することを考慮するときは、緊急敕令が立法委任の範圍を『ポツダム宣言ノ受諾ニ伴ヒ連合國最高司令官ノ爲ス要求ニ係ル事項ヲ實施スル爲必要アル場合』と定めたことは、まことに已むことを得ないところであって、これを目して舊憲法第八條所定の要件を逸脱したものと言うことはできない。」
 「所論の緊急敕令は議會に提出されて、昭和二十年十二月八日貴族院において、同月十八日衆院においてそれぞれ承諾された。従つて、その後は舊憲法上法律と同一の效力を有することとなつたのである。そして、舊憲法上の法律は、その内容が新憲法の條規に反しない限り、新憲法の施行と同時にその效力を失うものではなく、なお法律としての效力を有するものである。このことは新憲法第九十八條の規定によつて窺われるところである。されば、緊急敕令が新憲法の施行と共に失效し、これに基く銃砲等所持禁止令も亦その效力を失つたことを前提とする論旨は理由がない。」
 「所論の緊急勅令による立法の委任は、ポツタム宣言の受諾に伴い聯合國最高司令官の要求する事項を實施するための必要な処置であつて、舊憲法下において有效であつたことは、第一點について説明したとおりであるが、このことは新憲法の下においても、同一であると言わなければならない。けだし、降伏條項の誠實な實施は、降伏文書に基く法律上の義務の履行であるから新憲法上の條規に反するところはないからである。」

として、ポツダム緊急敕令及びポツダム命令は、「舊憲法下において有效」であり「このことは新憲法の下においても、同一である」として、新舊いづれの憲法においても有效であると判示したのである。

ここで「新舊いづれの憲法」といふのは、帝國憲法を「舊」とし、その改正法である占領憲法を「新」として、「新舊」とはその雙方を指すことは明確である。そして、ポツダム緊急敕令及びこれに基づくポツダム命令(以下「緊急敕令等」といふ。)が占領憲法下で有效であるといふのであるから、その判斷をなしうる始期は占領憲法の施行時(效力發生時)といふことになる。この判例には、その時點まで帝國憲法が現存してゐたか否かの明確な判斷はないとしても、占領憲法が帝國憲法の改正法であることを前提としてゐることからして、それまでは帝國憲法が施行されてをり、その帝國憲法第八條を根據として緊急敕令等が有效であつたことになる。つまり、この判例の意味するところは、少なくとも占領憲法施行時の昭和二十二年五月三日までは帝國憲法は現存(效力維持)してゐたと明言したことなのである。なぜならば、もし、占領憲法施行前に帝國憲法が效力を失つてゐるとすれば、その「憲法」の空白期間について説明ができず、緊急敕令等はその存在根據を失ふことになり、判例の結論と矛盾するからである。


次に、最高裁判所は、獨立回復後の昭和二十八年四月八日に、次のやうな大法廷判決を出した。


「昭和二十年敕令第五四二號は、わが國の無條件降伏に伴う連合國の占領管理に基いて制定されたものである。世人周知のごとく、わが國はポツダム宣言を受諾し、降伏文書に調印して、連合國に對して無條件降伏をした。その結果連合國最高司令官は、降伏條項を實施するため適當と認める措置をとる權限を有し、この限りにおいてわが國の統治の權限は連合國最高司令官の制限の下に置かれることとなつた(降伏文書八項)。また、日本國民は、連合國最高司令官により又はその指示に基き日本國政府の諸機關により課せられるすべての要求に應ずべきことが命令されており(同三項)、すべての官廳職員は、連合國最高司令官が降伏實施のため適當であると認めて、自ら發し又はその委任に基き發せしめる一切の布告、命令及び指令を遵守し且つこれを實施することが命令されておる(同五項)。そして、わが國は、ポツダム宣言の條項を誠實に履行することを約すると共に、右宣言を實施するため連合國最高司令官又はその他特定の連合國代表者が要求することあるべき一切の指令を發し且つ一切の措置をとることを約したのである(同六項)。さらに、日本の官廳職員及び日本國民は、連合國最高司令官又は他の連合國官憲の發する一切の指示を誠實且つ迅速に遵守すべきことが命ぜられており、若しこれらの指示を遵守するに遲滯があり、又はこれを遵守しないときは、連合國軍官憲及び日本國政府は、嚴重且つ迅速な制裁を加えるものとされている(指令第一號附屬一般命令第一號十二項)。それ故連合國の管理下にあつた當時にあつては、日本國の統治の權限は、一般には憲法によつて行われているが、連合國最高司令官が降伏條項を實施するため適當と認める措置をとる關係においては、その權力によつて制限を受ける法律状態におかれているものと言わねばならぬ。すなわち、連合國最高司令官は、降伏條項を實施するためには、日本國憲法にかかわりなく法律上全く自由に自ら適當と認める措置をとり、日本官廳の職員に對し指令を發してこれを遵守實施せしめることを得るのである。かかる基本關係に基き前記敕令第五四二號、すなわち『政府ハポツダム宣言ノ受諾ニ伴ヒ聯合國最高司令官ノ爲ス要求ニ係ル事項ヲ實施スル爲、特ニ必要アル場合ニ於テハ命令ヲ以テ所要ノ定ヲ爲シ及必要ナル罰則ヲ設クルコトヲ得』という緊急敕令が、降伏文書調印後間もなき昭和二十年九月二十日に制定された。この敕令は前記基本關係に基き、連合國最高司令官の爲す要求に係る事項を實施する必要上制定されたものであるから、日本國憲法にかかわりなく憲法外において法的效力を有するものと認めなければならない。」(昭和二十八年七月二十二日最高裁判所大法廷判決も同じ)

とし、さらに、

「昭和二十年敕令第五四二號に基いて命令を制定するためには、連合國最高司令官の要求がなければならぬこと所論のとおりであるが、連合國最高司令官の意思表示が要求であるか又は單なる勸告又は示唆に止まるものであるかは、その意思表示が文書を以てなされたか口頭によつてなされたか、或は指令、覺書、書簡等如何なる名義を以てなされたかというような形式によつて判定さるべきではなく、意思表示の全體の趣旨を解釋して實質的に判斷されなければならない。」

と判示した。

ここで注目すべきは、「日本國憲法にかかわりなく憲法外において(緊急敕令等は)法的效力を有する」とする點である。

これは、最高裁判所が「自然法」を肯定して解釋したといふことである。現に、その後においても最高裁判所は自然法を明確に肯定したこともある。それは、一票の格差、即ち、投票價値の不平等が問題となつた選擧爭訟において、公職選擧法第二百十九條は、わざわざ『行政事件訴訟法』第三十一條(事情判決制度規定)を準用しないと規定してゐるにもかかはらず、

「行政事件訴訟法三十一條一項の基礎に含まれてゐる一般的な法の基本原則に從ひ、選擧を無效とする旨の判決を求める請求を棄却するとともに當該選擧が違法である旨を主文で宣言すべきである。」

と判示し(昭和五十一年四月十四日大法廷判決)、成文法とは異なる不文法である自然法を發見したかのやうに勝手に法律を變更して判斷したことがあるからである。

ともあれ、この昭和二十八年判決は、前掲の昭和二十三年判決の「新舊いづれの憲法においても(緊急敕令等は)有效である。」との判斷とは異なり、一見すると、少なくとも占領憲法に基づかないとしても有效であるとした點において矛盾があるやうに見える。しかし、ここで「憲法外」とする部分の「憲法」の意味するものは何かといふ點について考へる必要がある。

思ふに、まづ、この「憲法」の意味が帝國憲法又は正統憲法、ないしは規範國體、あるいは法實證主義に基づいて認識しうる「根本規範」ないしは「實質的意味の憲法」を意味することはあり得ない。なぜならば、すべての法理論においては、いかなる法規範も、最高規範及び根本規範から離れて、あるいはそれを超えて存在するものがあるとするのは論理矛盾となるからである。最高規範及び根本規範を凌駕し、あるいはこれとは無關係に妥當性を根據付けられる法規範があるとすれば、それこそがやはり最高規範及び根本規範としての妥當性を備へた規範といふことになり、まさに循環論法に陷るからである。それゆゑ、この「憲法」とは、やはり「占領憲法」を意味することになる。

從つて、つまり、この表現は、「日本國憲法にどのやうな效力があるかといふこととは無關係に、この日本國憲法以外のものを根據として(緊急敕令等は)法的效力を有する」といふ意味となり、占領憲法を超える「自然法」があることを肯定した。この自然法は、規範國體しかありえないのである。

そもそも、最高裁判所は、占領憲法を存在根據とする機關であるから、占領憲法を否定する判斷をすることは自己否定となる。その證左として、昭和五十五年五月六日第三小法廷判決(判例タイムズ四一九號七二頁)によれば、占領憲法はマッカーサーが命令して帝國憲法を變更させたものであるからヘーグ條約に違反すること、帝國憲法は占領憲法のやうな民約憲法を認めてゐないこと、それゆゑ帝國憲法の改正手續によつて占領憲法を制定しえないこと、などを理由に提起された占領憲法無效確認請求訴訟について、

「原告提出の訴状によると、本訴は日本國憲法の無效確認を請求するものと解されるところ、裁判所の有する司法權は、憲法七十六條の規定によるものであるから、裁判所は、右規定を含む憲法全體の效力について裁判する權限を有しない。從つて、本件訴訟は不適法であってその欠缺を補正することができないものであり、またこれを下級裁判所に移送すべきでもないから、却下を免れない。」

と判示したことがあつたのである。

しかし、前掲昭和二十八年の最高裁判所の判例は、占領憲法を基礎付けたのは、その上位に位置するGHQの指令であり、これこそが緊急敕令等の存在根據であることを認識してゐたのであつた。つまり、帝國憲法第十三條の講和大權によつて締結された獨立喪失條約(ポツダム宣言の受諾と降伏文書の調印)から獨立回復條約(桑港條約)までの講和條約群の履行として、GHQ指令の命ずる「講和行爲」として緊急敕令等は發動されたとする私見と同じ認識であるといふことなのである。

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